3. 小トラブルこそ演者が主役
こういうウェアのお試し系のイベントの場合、参加者も3種類にわかれる。
走ることに慣れており、大きな大会前の調整だったり、体を動かしたい元競技者。
私もスケジュールを見ながら出れる大会には出場することもあるので、現役の顔見知りも数名混ざっている。
そういう人たちと無言で息を合わせて走る。
この距離感で交流できることを楽しいと感じる人が多いのが、この分類の特徴である。
次に、健康に気を使い始めた人達、走ることにそこまで慣れておらず、ペースを一定に保てず、中には走ったり歩いたりを繰り返す人もいる。
そういう人たちをマッソォさんが大きな声でまとめて、適切なペースを守らせる。
強制的ではなく、にこやかに「一緒に行きましょう」と声をかけることで従わせるのだ。
最後に、運動をほとんどしたことがない、ただアイドルや著名人が目的で会いに来た人達だ。
三守さんほどのアイドルとなると、ガードマンが並走しているため、過剰に交流しようとするとハガされるが、近くで三守さんが見れて一緒に走る(歩く)だけでもうれしい人たちだ。
ただ、スポーツが苦手な人も一定数参加することもあるため脱落者が必ず出てしまう。
そんな人たちに健気に声をかけてあげるのが三守さんの主な仕事である。
あと、マッソォさんの集団から遅れてしまった人たちを吸収しつつ完走を目指すことも求められる。
ということで、私は先頭の方でペースを守りながら走っていたが、中間である10km地点で、何やらトラブルが起こっているようだ。
本来給水ポイントのはずなのだが、スタッフは大勢いるのに、なぜか机の上に給水カップが一つも置いていない。
私はスタッフ用のインカムを起動して呼びかける。
「こちら緑子です。給水ポイントでなにか起こっているみたいなんですが?」
「緑子? 組子よ。配給にトラブルがあったみたい。2km先に急遽ポイントを設置中。そちらで受け取って」
「わかりました」
何か変な様子だったが、今は目の前のトラブルを解決するのが先決だ。
「給水ポイントが2km先に変更になったようです。ペース配分を組みなおしてください」
私が周囲に呼びかけると、先頭集団は少し速度を落としペースを守ることを優先してくれた。
その後も、マッソォさんの集団に、ダル絡みしてくる若者があらわれているのに、スタッフが駆け付けなかったり、三守さんの近くで転倒者が出た時も、スタッフの初動が遅れたりと小さなトラブルが頻発していることがわかった。
トラブル自体はよくあることであり、それを見越してスタッフを手配しているはずなので、大きな問題にはならないはずだ。
今思い起こしてみると、クミ先輩がトラブル対応していることがおかしく、打ち合わせ通りであれば、MITHUOの社員さんが対応するはずだ。
私やマッソォさんはスポーツイベント慣れしているため、問題なく対処できた。
三守さんはスポーツイベント初参加ながら、神対応で問題を解決していた。
事務所が力を入れて売り出す理由が少しわかった気がした。
20kmを走り終わっても私の仕事は終わっていない。
他の参加者の迎え入れをしなければいけない。
しかし先頭集団とマッソォさんの第二集団との間には時間差があった。
そこでサエさんからタオルと水とコートを受け取りながら状況を確認すると、MITHUOの担当者さんの指示が適当で雑であり、責任者の方の方にも報告がないため、2重指示がおこり、本来いるべきスタッフが足りなくなる場所があったり、逆に足りなかったり、リーダースタッフが不在でまとまりがなかったりと問題を誘発していたようだ。
見かねたクミ先輩がフォローしなければ大問題になってた可能性もありえた状況だったとのこと。
件の担当者さんはというと、腹を壊してトイレに籠っているらしい。
「あとでクミ先輩を労わないとですね」
そろそろマッソォさんの集団が見えてくるはずなので、立ち位置に付く。
ゴールした方に握手をしていくのだ。
もちろん私と一緒に走っていた参加者で希望者の方は先に済ませている。
私の隣に剥がし役の警備員が並び、サエさんが警備員とあらかじめ決めている合図で手を離さない人などを捌いていくのだ。
三守さんのマネージャーさんはまだ慣れておらず、サエさんがレクチャーしていたのが微笑ましい。
マッソォさんの集団がゴールし、三守さんの集団もゴールし、合同握手会を行い、イベントは終了となった。
控室に戻り三守さんの差し入れのコーヒーを注ごうとしたが、すでに中身がなかった。
演者用なので飲む人は3人+各マネージャー。
私やマッソォさんは終わってから頂く派で、三守さんは持ってきた人のためこういう時は遠慮するはず。
サエさんはあくまで演者の物ということで手を付けないし、マッソォさんのマネージャーさんはコーヒーが苦手だし、三守さんが持ってきた差し入れを三守さんのマネージャーさんが飲みきるわけもなし。
不思議に思っていると、スタッフの方がスタッフ用にと渡された方のポットをもってきてくれた。
注がれていくコーヒーを眺めていると、ドアの外から怒声が響き渡る。
「お前はどこまで足を引っ張れば気が済むんだ」
「いえ、コーヒーを飲んでから腹の調子が……」
「あぁん! 三守さんが折角もってきてくれたコーヒーに文句があるのか」
「いや、そうじゃなくて、タイミング的にその時だったってことで」
「言い訳はいい、今回は演者の方々が上手く対処してくださったから何とかなったが……」
どうやら、今回失敗した担当者が怒られているようで、コーヒーを注いでくれたスタッフさんが、苦笑いしながらドアを閉めたことで声が聞こえなくなった。
空気が重苦しくなり、浅煎りのはずなのにコーヒーの香りも広がらない。
それに、香りが少し低く鈍化している。
たぶん気のせいだと思う。
しかしこれでは、とても飲む気にはならなかった。




