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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
ラズベリーはどこから香る?
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5. ワックスの正体みたり枯れ尾花

 シティマラソンの興奮冷めやらぬ街の雰囲気をあとにして、ホテルで休憩がてら記憶した地点を地図アプリで検索した。


『Cafetal Baya Fragante―Mexico』 (芳香ベリーのコーヒー園―メキシコ)


「コーヒー農園か……」


 名前からしてベリーやワインの様な香りがウリの豆を栽培しているのだろう。

 いずれにしても、本場のコーヒー豆の栽培の現場は見たかったので、サエさんに相談してみる。


「サエさん、走っているときに気になった場所があつて、ここ見学できたりしませんかね?」

「どこ? カフェタル バヤ フレガンテ、メキシコ。コーヒー農園か。ならボブからムーンバックスの本部に聞いてもらいましょうか。毎日報告上げてるみたいだし、ボブはマメな好青年ね」

「でも、通訳はどうしましょうか。大会も終わったしジェシカのサポートは受けられませんよね」

「そうよね。あ、そうだ。なら個人的に雇っちゃいましょ」


 サエさんからの情報でジェシカはメキシコシティに雇われていた大学生で、公務員ではないとのこと。

 ならば、交渉次第で通訳のバイトもしてくれるはずだと。早速とばかりに電話をかけるサエさん。

 この行動力が私が手放したくない人筆頭の理由、これが敏腕マネージャー佐伯紗枝という人物なのだ。


「そこでVlog撮るからね。服のコーディネイトも考えといてよ」

「はぁ―い」


 私のやりたいことを仕事に繋げてくれるのも、この仕事を続けられている理由だと思う。

 この日は、日本人参加選手たちで集まり慰労会をやって終了。


 次の日はジェシカの案内の元、ポランコで買い物をして過ごす。

 そしてボブからのムーンバックスの返答をもらう。


「So, l got a response from Moon Backs Coffee HQ. That farm is one of the ones selected by the Mexlcan

 brach for producing their natural― processed beans. And they said that if Ms. Green can do a tasting and give them some feedback, they can set up an appointment with the farm.」

(ムーンバックス本部から返答が来たよ。あの農園は、メキシコ法人がナチュラル精製の豆を出すにあたり選んでいる農場のひとつなんだ。それで、もし緑子がテイスティングしてフィードバックをくれるなら、農園とのアポイントも取れるってさ。)


「サンキュー、ボブ。アンド プリーズ エクステンド マイ アプリシエイション トゥ ザ カンパニー アズ ウェル。ドゥ ゼイ ハプン トゥ ハブ エニ カインド オブ チェックリスト オア エバリュエイション シートフォー ディス?」

(ありがとう、ボブ。そして、会社にも感謝を。チェックシートとかはあるのかしら?)

「Hmnl… nothing l'ev heard of. You can just submlit your Feedback freelly.That should be perfectly flne.」

(う 一ん、特に何も聞いてないね。自由な形式でフィードバックを上げてくれれば大丈夫だよ。)


 とのことで、見学ができるようになったみたいだ。

 後でレポー卜書かないといけないようだが、私が味の感想を言ったのをサエさんが形にしてくれるようなので、そこは任せよう。


 さらに翌日、ついにあの農場へ赴くことができた。

 夢と同じく車道から農場への道は土で出来ている。

 同じように木製の門扉がみえてくるが、門扉の上に『Cafetal Baya Fragante―Mexico』 と書かれたアーチがあった。


 これは夢とは違う?  いや、濃霧で気づかなかっただけかもしれない。

 入場の手続きを取り、農園の案内人と一緒に門扉の奥へ入る。

 夢の中では光と鈴の音に誘われるまま歩いたが、今回手順通りに案内される。

 まずは畑だが、山の斜面を利用した段々畑で、とても広大な農場だった。

 これも夢とは異なる情景だ。

 コーヒーチェリーの匂いがわずかにする。もうほとんどの実は収穫してしまっているそうだ。

 次は収穫した実の選別所へ案内される。

 ふと、小道に別の畑があるのが見えた。


「ジェシカ、あれは何か聞いて欲しい」


 ジェシカに通訳を頼んで聞いてみたところ、品種改良している実のひとつで、『Lazzy rose』という試験名で呼ばれているものだとか。

 怠惰の薔薇の名前にふさわしく、めったに本気をださない気分屋な品種だそうだ。

 しかし本気を出した豆は、高貴な薔薇のようなフレグランスを放ち、味もバツグンだという。

 これを安定的にだせるようにするのが目標だとか。


 選別所を見学し、加工所へ移る。

 ウォッシュドの加工は手慣れた職人が流れ作業で行つており、安定した加工がおこなわれていた。

 そして問題のナチュラル加工だが、天日干しをしている際のシートの光沢を見て気づいてしまった。


「このシート、元々別の用途のものじゃないですか? それにワックスを塗って使つている。まだワックスが馴染んでないから匂い移りが起こってる?」


 ジェシカに聞いてもらうと、以前はウォッシュドでも使っているシートを使っていたがコストが高く、同じくナチユラル加工をやっている農場から紹介された安いシートを使っているらしい。


「コスト面か……」


 こういう現場での資金的ストレスはバカにできない。

 多くは、味が落ちるとわかっていても、農場をつぶすよりはと涙を飲んで行っていることがほとんどだ。

 農場主にとっては、前にジェシカの教えてもらって怪談より怖いインシデントだ。


 ムーンバックスと契約ができてサポートが入れば適切なワックス紙が利用できるだろうか。

 私はレポートする内容を頭の中でまとめていく。


「Ms.Green, 休憩しましょうって言ってるよ」


 ジェシカから声をかけられて、農場主から声をかけられていたことに気づいた。


「Sorry, |'m happy to have a coffee break.」

(ごめんなさい。休憩するのはうれしいです)


 休憩所でサエさんとレポートについて相談する。

 先ほど考えたことを伝えると、サエさんは少し考えて答えた。


「そこまで深く考えなくて良いと思うわよ。そのまま書いて提出しちゃっていいんじゃない。結局は農場主が決めることだしね……」


 なるほど、あれこれ提案するよりも、私の感覚で指をさす。いつもの事をすればいいんだと思えば気が軽くなった。

 そして、出されたコーヒーを一口飲む。


 果実を感じさせる甘酸っぱい味と共にベリーの香りが昇っていく。

 焙煎香は程よく高めで邪魔な雑味は感じない。

 後味にワインのような複雑な感じと酸味が鼻をぬける際に爽やかさを伴っている。

 ワックスの匂いは一切ない。


「これは、先ほど見たシートじゃない物で乾燥させたものですか?」


 ジェシカの通訳を通して返ってきたのは「Así es.(そ の通り)」 という言葉だった。

 私はもう一口飲んで、笑顔で「Deliciosa.(美味しい)」 と答えた。

 農場主は笑顔で、ウインクしながら何やら言った。


「もう一杯、Specialな物をどう?って言ってるよ。」

「Yes.」


 農場主がスペシヤルというほどであれば、それはそれは美味しい物がでてくるのだろう。


 そして出てきたコーヒーだが、色が若干薄くブラックというよリブラウン気味で、光の入り方によつてはゴールドにも見える。

 焙煎香はそこまで強くなく、どうやら浅煎りのようだ。

 訝しげに一口くちに入れてみる。


 突き抜ける酸味と上がってきたのは、薔薇の様なフローラルな香り。

 高貴なフレグランスの中から出てきたのはラズベリーの様な酸味のある甘さ。

 確かなコーヒーの苦味にもカカオの様なスペシヤリティが漂つている。

 農場主の顔が一瞬、王様の配下、カカシのおじさんの顔とリフレインする。


(なにが起こったの? それにこれは、王様のラズベリーキヤンディを凝縮した味だ)


「This is Princess Lazzy Rose Gets Serious.(これが、本気になった怠情な薔薇姫さ)」


 農場主の日からカカシのおじさんの声がする。

 LazzyRose。 小道の奥にあった品種改良中の品種の名前だ。

 ラジー日―ズ。『リリン』

 プリンセス、ラズ…ロズ『リリリン』。


 そうか、王様の名前……。


「MS.Green. Are You OK?」

(緑子、大丈夫かい?)


 私が微動だにしてなかったのでボブが心配で声をかけたようだ。


「|'m OK. lt's so special and Delicious. 」

(大丈夫、これはすごく特別で美味しいわ)


 私は確かめるようにカップを口に運び、そつと息を吸った。


 その香りは迷いなく上へ昇り、胸の奥をふわりと押し上げる。


 一やつぱり、これだ。


 王様の世界の“ラズベリーの軌道"と、同じ香り。

 私は静かにカップを置き、微笑んだ。


「Delicioso(美味しい)」


 農場主は満足げに頷き、そして一赤い宝石のような瞳で、ほんの一瞬ウインクした気がした。


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