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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
ラズベリーはどこから香る?
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4. メキシコシティマラソン

 高地での環境に体が慣れてきたころ、大会当日となった。

 コンディションはまずまずといったところ。

 私は新ウェアに着替えて、サエさんとボブとホテルを出る。

 ジェシカは現地スタート地点で合流予定だ。


 新ウェアは、MITHUOの新技術が使われたストレッチサポート系のものだ。

 ストレッチサポートはタイトになりがちなので、ヒップスカーフでヒップーウエストラインを隠せるようにしてもらった。

 左胸にはMITHUOの ロゴ、右腕にムーンバックスのロゴ、左腕には私のオフィシヤルマークとなっている六弁花の模様が入り、全体的なデザインとしては、緑ベースに赤黒のモザイク調のランダムパターンになつている。


 スタート地点周辺はすでにお祭り騒ぎになっていて、よくわからない仮装や精巧なコスプレをしている人たちや、顔に自国のペイントをしている人などが見て取れた。

 しかし、そこは一般ランナーのブロックまでで、スタ―卜地点前方のアスリートブロックは話が違う。

 オリンピアン含むアスリートたちが静かに、ストレッチしながらスタートの合図を待つ。

 たまに日本のトップ選手も数人参加しており、たまに目が合い会釈を返している。

 彼女たちは世界を相手に戦っている、ぜひ頑張って欲しいものだ。

 私は私の為に走るだけなので、心の中でエールを送らせてもらおう。

 そうこうする内に時間となり、メキシコ国歌が流れはじめた。


 最後の一節が流れ終わり、一瞬の静寂後、紙吹雪や市民楽団の演奏が響き渡る。

 騒々しい中、市長の挨拶があり、すべての選手にエールを送った。


 熱気のある雰囲気の中、プオーとマイクノイズが鳴りMCに注目が集まる。


「Corredores preparados!」

(ランナーの皆さん、準備を!)


 私を含めたアスリートブロックの選手たちがケアスタッフと離れ、スタート位置に付く。

 スクリーンには開始までのカウントダウンが始まっている。

 私はスマートウォッチのモードを切り替え、シューズの状態やゼッケンの位置を確認する。


(なんの問題もない……。今回も私は私のために走るだけ)


 スクリーンの数字は60秒を切り、観客が声に出しながらカウントダウンをしていく。


「5…4…3…2…1…」

『パシュン!』


 スタートの合図が鳴り、紙吹雪が噴射されたのと同時に、アスリートブロックの選手たちが一斉に動き出す。

 空に放たれた紙吹雪が舞い散り、観客の声援を受けながらコースを走る。


 はじめはひと塊だった集団が、徐々にバラバラになりながらも小集団を結成していく。

 先頭集団はトップアスリートたちでまとまつており、そこに追いつくのは不可能だ。

 先頭集団と第二集団との間のまばらな位置に私を含めた、3人がおり、ここでまとまればここが第二集団になる状況である。


 しかし、1人は先頭集団へ追いつこうとしてペースを上げており、もう一人は第二集団が追いついてくるのを待っているのだろう、体力を温存しながら走つているのが見て取れる。

 私は私でマイペースに今のペースを守ることを考えているので、3人がまとまることはないだろう。


 そんな状況で8km地点、コースは山間の道に入る。

 スマートウォッチで2,240mよ りも高い場所へ入ったことを確認し、呼吸を意識するように心がける。


 観客の声援に応えるように、道の脇を見ると森に続く細道の先に木の問扉が見えた。


(え !? 王様の畑)


 それは、メキシコに来て初めて見た夢で迷い込んだ王様の畑の門扉にそっくりだった。

 とっさにその門の方へ向かいたい衝動に駆られる。


(焦 るな。今は日の前の事に集中する。焦ったら遠ざかる。そう気づいたでしょ)


 そう自分に言い聞かせながらも、スマートウォッチに表示された場所 (緯度経度)の数字だけを覚えて、無心になり走りつける。

 余計なことは考えず走つていたら、気が付いたらゴールしていた。

 タイムを見ると自己平均時間くらい。しかし高地という条件を考えるとまずまずといった結果だろう。

 サエさんとジェシカからタオルと水をもらい、汗を拭きながら口を潤し、クールダウンの為残った水を頭からかける。

 一息ついたころ、ボブがうれしそうにムーンバックスのロゴが入ったタンブラーをもって近づいてきた。


「Great run out there. Seriously, well dOne. COngrats on finishing― here, I brought you sOme cOffee.」

(良 い走りだったね。完走おめでとう。これは差し入れのコーヒーだよ)


「Thank you. Mm… good smell.」

(あ りがとう。うん、いい香り)


 薄い空気の中でもコーヒーの香りには敏感なことに、少し可笑しくなったがそれよりも気になったことがある。


「This one, no wax smell.」

(こ れ、ワックスの匂いしない)


「Ah… ソレね。このマエの店。最近Washedか らNaturalに 変えたみたい。Ecologyね」

「ああ、乾燥期間が長すぎたのかな?」


 昔、まだコーヒーの奥深さを知る前、六華の里でマスターが教えてくれたことがある。

『ナチユラルでも乾燥期間が長くなりすぎて保管材の匂いが移ることがある』と……。


 水を多く使うウォッシュドから自然乾燥のナチュラルに移行する試行錯誤の中で起こった『あるある』なのだろう。

 今は、キレのあるウォッシュドの温もりが心地よかった。

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