2. 試飲会の反応
あの後何度も新藤さんと打ち合わせをし、宮内さんを通して吉永さんのコスト管理が入り、ようやく形になった。
その後、株主さんや公式アプリのポイントの高ランク者から応募者を募り抽選に通った人向けに試飲会が開かれることになり、ついでにメディアも招き取材を受けることになった。
軽食はアボカドサンドなど、アボカドペーストを中心としたおかず系と、スイーツ系としてピスタチオペーストを人れたクッキーやスコーンにしてもらった。
あと、宮内さんに強くお願いされて、甘いクリーム系の飲料も販売することになった。ただ、これに関しては『琥翠緑子監修』のワードは入らないようになっている。
『監修』については、メディアに質問しないように事前に言い渡してある。
私はこの試飲会に際し、グッズ撮影で使用した衣装を着ることになった。
そのため今の私は、ミントグリーンのホルターネックトップスに、マーメイドラインのミントスカート、長いオーバースカートの組み合わせ。
波しぶきを連想させるティアラに、シルバーの縁取りを効かせたデザイン。
メタリックグリーンのグローブとロングブーツ。
胸元からスカートヘ白いウェーブラインが流れる――そんな恰好をしている。
コーヒーは好評で、コラボ展開前に一部店舗でプレ販売をしても良いかもしれないという話になった。
販売数如何によってはレギュラーメニュー入りするかもしれないとのことだ。
私も何度も試飲したが、完成品はコンセプト通り香りが高く昇り、フルーティな甘みが鼻を細く長く抜けていく感じに仕上がった。
このコーヒーにはアボカドが合うと提案したのは岡部さんで、実際食べ合わせとして完成度が高いものとなった。
前回と引き続きミント系を提案していたムーンバックス側だったが、飲み合わせが悪く自主的に却下してくれた。
その代わりとして甘いのが通されてしまったのだが、それはもう別に構わない。
メディア取材の前に宮内さんが私に耳打ちする。
「プレ販売は決定しました。販売店舗や発売日については未定になります。メディアに公開OKです」
試飲会での評判を見て吉永さんが動いたらしい。私は小さく頷き、宮内さんと取材に応じた。
流石はやり手の広報だけあり宮内さんは柔軟にジョークを交えながらも進行していく。
「会場では、おすすめコーヒーが美味しくて、また早く飲みたいという声があふれていましたが今のお気持ちをおねがいします」
記者の質問に私は宮内さんに目配せして、小さく反応があったので答える。
「本当にうれしいですね。とにかくトップの香りの高さに拘りました。それがコーヒー好きの皆さんに刺さったみたいですね。また、本当についさきほど連絡を受けたのですが、コーヒーについてはプレ販売が決まったようです。店舗限定でやるんですかね?」
宮内さんに話を振ると、「そうなんです」と大きくリアクションを取ったあと、メモを取り出す。
「私も本部から連絡を受けたばかりで詳細は不明なんですが、とにかくプレ販売はやると力強い回答をもらっています。詳しいことは決まり次第ムーンバックスの特設サイトにて発表しますので、お待ちください」
メディアへの告知もでき、上々のお披露目会となった。
試飲会が終わり、私は控室で「私オススメ」ではなく「私好み」のコーヒーで一息ついた。
香りが高く昇り、苦味が深い重低音が響く様なコーヒー。
今回のブレンドも組み合わせの妙があるが、このシングルオリジンの“自分の軌道"を持つコーヒーが私はとても好きだ。
甘みが嫌いなのではなく――むしろ大好きだ――甘いお菓子と苦いコーヒー、この組み合わせが良い。
「お疲れ、衣装は宮内さんに渡すから着替えて」
「は一い」
私はサエさんにいわれるがまま着替える。
その際に、今回の参加者の反応をSNSでみていたサエさんが、「大成功ね」と呟くのが聞こえた。
さらに月日は流れプレ販売が開始されると試飲会に参加した人達を中心に多くの人が限定店舗へ来店したようだ。
SNSには私のファンの子が「コラボが待ち遠しい、美味しいコーヒーが飲めて推しのグッズも買えるなんて最高かよ」などとコメントしていたり、「これはブラックで飲むのが正解。ミルクを入れなくても十分飲みやすい」など好評な意見が多くみられた。
中には「地方の限定店で飲めたんですが、試飲会の時と味変えました? 前の方がよかったな」など味に違和感を覚える人もいた。
(滝れ方の問題? でも試飲会のスタッフにも普段バイトの人も混ざつていたはず。一番近い店舗のを飲んだコメントどれだろ)
もちろん試飲会に採用されるくらいなので、バイトの人でも質が高かった可能性はある。
いずれにしても、一度は限定店舗へ足を運ぼうと思っていたのだ。
違和感を解消する為にも行ってみよう。
今回は私のコラボのプレ販売なので、変装気味なコーディネートで向かう。
ポニーテールをほどき、編み込んで前に持ってくる。服はサエさんのパンツスーツを借りて着る。
少しタイトだが許容範囲だ。
濃いめのオレンジのサングラスをかける。
私のスタイルから少し外せば、ほとんど気づかれないものだ。
一番近い違和感報告があった店舗は都内を出ることは無かったが、23区外の店舗になってはしまった。
モバイルオーダーであらかじめ注文しておいたので、受け取るだけでコミュニケーションは最低限で済むのは助かる。
外に出て、まずはコーヒーの匂いを嗅ぐ。
酸味が強く出ている。エチオピア産の特徴ではあるが、イルガチエフエ産のフルーティな酸味とは方向が違う。
この酸味の正体がつかめない。
恐る恐る一口飲んでみる。
香りが想定していた高みまで昇りきれていない。
フルーティさはあるのに、香りの上昇軌道が押さえつけるような酸味で遮られている。
軌道が伸びないから、ミドルも中途半端に広がってしまっていて、本来なら細く締めるはずの苦味が薄い。
この酸味のせいで甘みの通り道がふさがれているんだ。
全体が、下向きの酸味に引っ張られている。
「これは、別物と言っていいですね」
宮内さんに連絡を入れた方が良いだろう。
ただ、このまま電話をすれば感情のままに話してしまいそうなので、一旦帰ってから情報をまとめよう。
(まずはこの酸味の正体を確認しなきゃ説明が難しいか……)
私は六華の里のマスターの顔を思い出しながら帰路についた。




