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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
コーヒーの故郷は香りの向こう?
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19/29

1. 初会議

 最初の全体会議の日。

 ムーンバックスコーヒージャパン本社の会議室に関係者が集められた。

 私とサエさん、ムーンバックスからは前回のコラボでもお世話になった企画責任者の吉永さんと広報の宮内さんが参加していた。

 そして、今回のパートナー企業、焙煎屋のAcoustic Roasters(アコスタ)から、社長の岡部さんと、焙煎士の新藤さん。

 あと、猫山商事が豆サプライヤーとして参加、担当は津田さんという小太りのおじさんだった。


「今日は顔合わせってことで、詳細は決めずに軽い内容で意見を出していきましょう」


 自己紹介の後、司会役の吉永さんの発言で一旦ブレイク。

 しかし、すぐに手を上げる人がいた。


「今回、琥翠さんのオススメコーヒーを出すにあたり、アコスタさんに参加していただきましたが、こちらムーンバックスとしては対象幅を狭めたくないので、ミルクやシロップなどを入れても良いコーヒーでお願いしたいです」


 と、前回も味について交渉を重ねた宮内さんが牽制してきた。

 こちらも前とは違い、ただのコーヒー好きな小娘じゃない。

 少しずつ知識もつけ『私好み』と『私オススメ』は違うことも理解している。


「エチオピアのイルガチェフェの豆をベースにしたかったんですけど、どうでしょう。あれなら後味に甘みもあるので、ミルクなど入れてもよさそうですが」

「良いですね。コロンビア産やケニア産の豆をブレンドすればミドルもアフターも甘さが続くと思うので、シロップは甘さの強調だけに留めることができます。ミルクを入れることでコーヒーの香りはマイルドになりますけど、入れすぎなければ味の道筋ができるので好みの問題かな」


 私が産地指定すると、新藤さんが良い具合のブレンドを提案してきた。

 シングルはシングルでその単一の規則正しさを楽しむことができるが、ブレンドは上手くやると補強しあう構造を作り出すことができる。

 ただしブレンドの割合や焙煎の仕方で、香りの立ち上がり方や奥行きといった表情が変わってしまうので、そこは新藤さんの腕を信用するしかない。


「では、うちの店舗クルーはいつものマニュアルで対応可能ですか? 特別なオペレーションが必要なら事前に言っておいてください」


 今度は吉永さんが口をはさむ。

 確かにバリスタの資格を持つ人も中に入るが、店舗スタッフは基本的にバイトでまわす。

 細かい動作が必要なら、全店舗で同じ味が出せない可能性がある。


「そこは上手くブレンドしますよ。ただ、ミルクを入れる場合は少なめを気がけてくれた方がいいかもしれません」

「新藤の腕を信じてください。最低でも『ラテの場合、気持ちミルク少なめ』くらいで済むようにしますんで」


 新藤さんの情熱と岡部さんのフォローの言葉にAcoustic Roasters(アコスタ)としての自信と責任が、その声に宿っていたるのを感じ、全員が頷いた。


 その後、岡部さんの

「ところで、事前に新藤が緑子さんをイメージしてブレンドした物を試作としてもってきているのですが、試されますか?」

 という提案に従い、Acoustic Roasters(アコスタ)さんが最初に提案しようとしていたブレンドを試飲する流れになった。


「緑子さんのブログなどからエスプレッソを好まれるとのことで、イルガチェフではありませんが、エチオピア産とコロンビア産とタンザニア産の豆を7:2:1でブレンドした物です」


 新藤さんから説明を受け、カップを手に取り一口飲んでみる。

 どの産地の豆もフルーティな香りが特徴であり、上手い事バトンタッチしていく。

 うん、悪くないが、個人的には物足りない。

 これをエスプレッソにして、香りの流れに、どっしりとした重低音の苦味が加われば、私にとっては完璧だった。


「うん、この香りが長く続く感じは良いですね。ただ、もっとシャープな方が好みです。ミドルが太いと香りが天井まで届かない」

「届かない?」


 私の言い回しに敏感な吉永さんが聞いてくる。


「香りが上へ行く前に、横に広がる感じ……と言えばいいんでしょうか。ミルクを入れても香りの軌道は残したいです」

「軌道か……いい言葉ですね。『香りは上昇軌道』って感じですかね」


 吉永さんはキャッチコピーを考えているのだろう。宮内さんとメモでやり取りを始めた。


「イルガチェフェの豆じゃなくてこれだけの力を出せるなら、同じエチオピア産の同等フレーバーのロットで一部置換も――」

「”同等”は、危険ですよ。香りは似てても、甘さの角度が変わります」

「設計は、設計のままがいいです。甘みが細く長く続く感じがいいんです」


 これまで黙っていた津田さんがとんでもない事を言い出した。

 豆は年度が変わるだけでも個性が変化するというのに。


「なるほど、それぞれの意見はわかりました。まあまずはAcoustic Roasters(アコスタ)さんと緑子さん、うちの宮内で味の調整をします。置換可能な豆の提案は良いですけど、Acoustic Roasters(アコスタ)さんの許可を必ずとってください。それと『香りは上昇軌道。甘みを乗せて細く長く』今回のコンセプトはこれで行きましょう」


 吉永さんがまとめ、今回の打ち合わせは若干の不安を残しつつ終了した。


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