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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
浅煎りの香りは重低音?
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1. 琥翠 緑子の日常

 私は、仕事の打ち合わせのためにブラド(Blue raspberry doughnut)に来ていた。

 チェーンのドーナツ屋であるのに、コーヒーがやたらと美味しいと有名な店である。

 美味しさの正体の7割は食べ合わせ。

 甘いドーナツとの相性を考えられた深みと香り、苦みと酸味は控えめなので、飲みやすく、たとえコーヒーだけを頼んだとしても何杯でも飲めてしまうのだ。

 特に冬に差し掛かろうというこの時期は、温かいコーヒーを求めて多くの人が来店する。


「緑子、おまたせ。今日はマネージャーさんは?」

「クミ先輩。お久しぶりです。サエさんは、クミ先輩との打ち合わせだから大丈夫でしょって、今日は書類仕事をしてくれています」


 やってきたのは今回の仕事相手、中高の陸上部の先輩であり、今は広告代理店で働く士央 組子、通称クミ先輩だ。

 交流のキッカケは中学生の時、簡単なジャージにスニーカーという姿で走っていた私に声をかけてくれたのが始まりだっただろう。


「緑子ぉ、ちゃんと走るならウェア使った方がいいよ」

「いや、私は……」

「緑子は背高いし、オシャレすればバエそう。今度一緒に買い物いこうよ」


 しがらみから逃げるために走っていただけなので、その時は正直関わってほしくなかった。

 でも、クミ先輩のおかげで走るのが楽しくなり、オシャレに目覚め、モデルとして活躍するほどになったのは、ひとえに彼女のおかげだ。

 私がモデルの仕事をし始めたのも、思えば彼女に連れて行ってもらった原宿がキッカケだった。


「ちょっと貴女。お時間もらえないかしら?」


 当時、おじさんやお兄さんから声をかけられることはあったが、女の人から声をかけられるのは初めてだった。


「あなた、モデルの仕事やってたりする?」

「? いえ、やってませんけど」

「お姉さん、芸能事務所の人かなにか?」


 おじさんの場合はナンパ半分、勧誘半分といったところ、しかも勧誘も如何わしいものが殆どで、なによりタバコの匂いが嫌で逃げるように断っていた。

 このお姉さんは女性だからというのもあるだろうが、物腰がとにかく柔らかかった。


「ええ、ファッションモデル誌のモデルを扱ってる事務所よ。あ、名刺渡しておくわね」

「サラスバディモデル事務所の佐伯紗枝……さん?」


 調べてみると健全な事務所だったので、お試しということで読者モデル扱いで一度撮影をすることになった。

 クミ先輩も誘われて一度だけ撮影をしたのだが、先輩は裏方の仕事に興味を持ったようで、いろんなことをできる広告代理店へ進路を決めた。

 私はクミ先輩の勧めもあり、なにより楽しかったのでそのまま専属のモデルとして登録することにした。

 まあ今現在は、スポーツ誌の健全な撮影という仕事がサラスバディ事務所では扱いきれないとして、個人で活動することになった。

 ケンカ別れではないし、今もサエさんを貸してくれているので、サラスの社長とは交流を欠かさない。

 そんなクミ先輩から頂いた今回の仕事は、東京郊外の都市で行うジョギングを中心としたスポーツイベント。

 主催のスポーツ用品メーカーMITHUOのシューズでハーフマラソン程度(約20km)を走ってみようというものだ。

 私はMITHUOのウェアと契約していることもあり、ファンや参加者と交流しながら走るのが仕事だ。

 広告代理店がとりまとめを行い、関係各所にイベントの周知や許可取りまで行う。


「いやー、マジで助かったよ。あのクソ上司、常日頃アンテナを張れって言ってるくせに、私が緑子をキャスティングしたら文句言いやがって、緑子のフォロワー数見せて黙らせたけどね」

「先輩の役に立ったのであればよかったです」


 私の公式SNSは基本的には宣伝である。

『どの雑誌に載ります。』

『あのイベントに参加します。』

『テレビで取材した店のコーヒーが美味しかった。』

『私服公開(サエさんの撮った奴)。』

 などを発信している。

 運が良いのか何のかわからないが、フォロワーは増え、こないだ合計50万人を突破したらしい。

 全てはサエさんの手柄だが、ファンの夢を壊さないようサエさんには厳重に言われている。


 今回のオファーはSNSでの影響はもちろんあるが、色んな事が重なり私に話がまわってきた。

 例えば、私がいまだに長距離走の選手として陸連(JAAF)に登録し全国大会で成績を残していること、今回の主催者であるMITHUOのスポンサーを受けていること、クミ先輩の知り合い。

 そういう積み重ねが仕事につながっているのだ。


「敏腕マネージャー、佐伯 紗枝先生の顔も見たかったけど、現場には来るんでしょ?」

「ですね、ハガシの合図出してくれる人がいないと不便なので……」

「それは、こちらとしてもありがたい。ハガシ要員は私が手配しといたからタバコの匂いはしないとおもうよ。愛煙家の偉い人が寄ってこない限りはね」

「その時は逃げるので、言い訳をお願いします」

「任せといて」


 その後、打ち合わせを済ませ、サエさんのお土産用にドーナツを買って事務所兼自宅へ帰宅した。


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