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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
王様の影は意外な場所で
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17/29

4. スタジオ収録と注意喚起

 朝の光で目を覚ました。

 いつものジョギングの準備をしつつ、ラズベリーパイの箱が視界に入った。


「焦らないほうがおいしい。……だよね、王様」


 今日と明日は昼からファッション雑誌の収録、明後日はこないだのロケ番組のスタジオ収録。

 私はラズベリーパイはとても美味しいパイとして感謝を込めて頂くことにした。

 必死になって求めておいしくない。

 それは、王様に対しても失礼なことなんだ。

 そう思うことにした。


 スタジオは簡単なセットで、クロマキーを多用した物が現在の主流だ。

 それも含めての衣装合わせでもあり、衣装が透けて背景が見えることはない。

 きっと放送では、派手なお正月の背景になっているに違いない。


 スタジオMCの進行の元、えんやコーラの2人がチームリーダーとなりどちらかの映像がよかったかの感想をいう緩い番組だ。


 コメンテーターとして数人のロケには参加していない芸能人の方もいて、主にその人達が主導してコメントしていき、ロケ組は質問に答えたりするのが仕事だ。

 木村さんの相方の中野さんチームの映像から始まる。

 私たちは後攻である。

 中野さんチームも個性的なメンバーで面白い人たちがそろっていたが、マッソォさんの筋肉ネタは鉄板で面白く、今回は私も筋肉話に乗っからせることでさらなる笑いを取っていた。

 流石は芸人さんだな。

 番組が終盤に差し掛かったころ、木村さんが真面目な顔で「ここでお知らせがあります」と場を引き締めた。


「今回ロケに参加してくれた三守涼音さんが、ロケ後にクッキーを購入したのですが、僕が選んだMilk Cooliesではなく、類似店の物を購入されてしまっていたそうです。

 その類似店のクッキーが原因で腹痛を起こし、2日間の休業となってしまわれました。被害内容はすでに警察など行政に届けており、行政指導が入ることになっています。

 また、本物の店舗に追加取材に行ってきましたので、そちらのVTRを見てください」


 木村さん、そんなことをしていたのかぁと感心してVTRを見る。

 そこでは偽物を食べたことによる腹痛も、こちらのせいにされてしまっていたことなど色々な被害を語られていた。

 本店舗前に堂々と屋台を出すなどの販売機会の損失などの被害、嫌がらせなどをうけていたそうだ。


 木村さんは、他に味が長続きしないというSNSの書き込みについても触れた。

 お店の人がいうには、出来立てが美味しいことに間違いはないが、後で食べる場合はレンジで20秒ほど温めると良いとアドバイスをしていた。


「ということで、スタジオの皆さんにお土産をもろたので、お渡ししまーす。ちゃんとレンチンしてありまっせ」


 そういうことで私も頂けることになり、一口食べる。

 出来立てほどではないが、本物のバターの香りが鼻を抜け、周囲の甘味を溶かして巻き込む感覚は同じだった。


「やはり本物は違いますね」


 私の満面の笑みが抜かれていることに気付いたのは、放送内容を見た時だった。


===============================


 放送を見終わり、そっとテレビを消した。

 画面に映っていた私の笑顔は、思っていたより柔らかかった。

 あれは、クッキーの”本物の香り”に触れた瞬間の幸福そのものだったのだと、今ならわかる。

 テーブルの端には、半分になったラズベリーパイの箱がおいてある。

 箱の隙間から、ほんのりと甘酸っぱい香りが漏れてくる。

 前とは違う焦らず楽しく私が私らしくいられるように。


(あれは王様からのクリスマスプレゼント。これからは焦らずゆっくりと活動しなさいって教えだよね)


 焦りは消えていて、ラズベリーパイを王様の手がかりではなく、ただの楽しみとしてウキウキしている自分がいた。

 私はエスプレッソを淹れた。

 蒸気が立ち上り、深い苦味と香りが部屋に満ちていく。

 その香りの奥に――夢の中で触れた、あの”特別なラズベリー”の残響が、微かに寄り添う。

 無理に追わなくていい。

 求めて掴むものではなく、ふとした瞬間に訪れるものもある。

 王様の言葉が、胸の奥でそっと溶けていった。

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