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琥翠緑子の珈琲事件簿  作者: Lazzrose
王様の影は意外な場所で
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15/29

2. 偽物の香りと六華の里

 イベント、ロケとで接点ができた三守さんと仲良くなり、ロケバスの中で友達として涼音ちゃんと呼ぶように言われた翌日。

 涼音ちゃんが体調不良のため2日間お休みのお知らせが届いた。

 幸いと言っていいかわからないが、定期ライブくらいしか影響がなく、しばらく安静にしていれば大丈夫だそうだ。

 まずは一安心ということで、コーヒーを淹れて昨日買ってきたチョコチャンククッキーを取り出す。

 部屋がまだ温まっていないため、淹れたてのコーヒーがやけに心強い。


 コーヒーを飲み、クッキーを一口かじる。

 バターの香りだけは高いのに、味の輪郭が曖昧でぼやけている。

 これではバターなのかなんなのかわからない。

 また、しっとりとした生地ではあるのだが、油分からバター特有の周囲を溶かして巻き込み沈むような香りはなく、表面だけを覆うような植物油の味がする。

 ロケスタッフに聞いた店について調べてみる。

 あの商店街の名物店「Milk Cookies」、バターをふんだんに使用しており出来立ては夢のように美味しいとのこと。

 あれ? と違和感を感じ、箱を調べてみると「Milky Cooky」と書いてあった。

 慌ててこちらも調べてみる。

 偽物だが、本物はすぐに劣化するのに対し、偽物のクッキーは劣化しづらく、こっちの方が良いという声もあった。

 しかし、劣化しづらくても、本物のバターでないとこのクッキーの意味はない。


「私は本物の方がよかったな」


 偽物はバター風の香料でごまかしているのだろう。

 ネットを開いたついでに、ラズベリーパイの店についても調べてみる。


「たしか雪花弁……あれ、出てこない。名前を間違えた? 写真検索だと……ダメ? なんで……」


 雪結晶のラズベリーパイ、六角形のパイ、など思いつく限りの関連しそうなワードで調べてみるがどれも異なるものしかヒットしない。


「味からたどるしか、ないのかなー」


 近づいたと思ったのに、突き放された思いがした。


 さらに後日、六華の里でマスターに偽物のクッキーについて愚痴を言う。


「本物はバターとチョコとのバランスが良かったんですよね。偽物は香りの高さだけそろえたようなぼんやりとした感じだったんですよ。でもネットでは本物は直ぐに劣化するとか言われてて……」


 マスターは静かに聞き、少し考えてから答えを出した。


「香りは温度によっても出方が変わる。ホットとアイスでは立ち方そのものが違うだろう。時間によって劣化するのは」

「ああ、この店か。本物の方にすぐ劣化するという書き込みもあるけど、偽物の方もひどいな。健康被害を訴えてる書き込みもあるじゃないか」


 常連のおじさんはネットを見る達人なのだろうか、そういう記事をよく拾ってくる。

 私は、エスプレッソを一口飲んで、私のメイン課題であることについて聞いてみた。


「マスターは特別なラズベリーについて、なにかご存じないですか? 同じロケで買ったラズベリーパイがとても美味しくって、しかも昔そのラズベリーを食べたような気がするんですよね」

「特別な素材は色んなものに宿るもんだよ、そして味の記憶ってのは人を揶揄うものだ。特に強い思い出なんかはね」

「嬢ちゃんに聞いた店の名前、調べてみたけど何も出てこないね。ネットに展開していない個人の店の可能性でもあるんじゃないかな?」


 マスターに諭され、おじさんの検索にも引っかからないのであれば、直接出向くしかないのかもしれない。

 ただ、ここ数日間は撮影のスケジュールで埋まっているため、行けるとしても2週間後だろうか。


(……あのパイの甘さは、夢の中の記憶に似ていた)


 残念に思いながらも、エスプレッソで今日の撮影の英気を整えた。

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