並木さんの話
私は清川さんの話から始まってこの小説を読んでいただいた方にはわかると思うが自分はかなり苦労するタイプの人間だと思っている。
それは決して皆さんより忙しいだとかそういったことはなく性格の問題である。頑固、短気、こだわりが強い、加えてこんなことを小説にするのだから承認欲求も高いのだろう。そんな私が最近とても大変そうだなと思ったクラスメイトを紹介したい。
その前にこの小説は読む人が読めば簡単に私にたどり着くことができるなと書きながら毎度思っている。気づいて話しかけるとしてもばれないように小さな声で話しかけてくれるとありがたい。
さて、本題に入る。私が今日書くのは並木さんという方である。
皆さんは前回の清川さんの話と同じくボッチは嫌だなと感じることはないだろうか。私には社会人の気持ちはわかりかねるので社会人の方がいたらぜひ学生時代を思い出してほしい。
一応説明を入れておくとボッチとは独りぼっちのことを指す。要はクラスで一人でご飯を食べたり体育の二人組で余って先生と組まされる人のことを言う。
私自身はボッチに特段嫌なイメージもなく友達が話しかけてくれるときは話すし一人なら寝るし起こされたらまた話すというような休み時間を過ごしている。が、しかし世の中のボッチへの嫌悪感はすさまじいものである。
そしてその代表例であるのが並木さんだ。
並木さんは私の言葉でいうと『孤立回避全力投球型人間』である。要は孤立の回避に文字通り全力投球なのだ。
ただし、あくまで見ていての憶測にすぎないが並木さんはただの孤立回避ではなくなんともわがままな条件付きなのである。ここで、生態というのはあれだが彼女の求めているであろう項目をいくつか羅列していこうと思う。なお、やはり私の主観のみでお話しするのはどうかと思ったので数人の友人にもそれとなく一応聞いて同意は得られている。
その一 ボッチ。つまり孤立状態はトイレに行くまでの廊下を少し歩くだけでも必ず避ける
その二 できれば私がグループの真ん中にいたい
その三 できればなるべく明るい、直接的に言えばスクールカースト上位のほうにいたい
まぁ大変こじらせているのは見ていただければ一目でわかると思う。
まず、その一についてだがこれは言わずもがなだ。彼女の目的は孤立回避、現在並木さんにかなり付きまとわれている私の友人の苦労はたいそうなものであった。トイレ、移動教室、休み時間、遠足の行動班など数えれば数えるほど誘ってもいないのについてくる事例がある。
ちなみに友人は明日並木さんに直接言うらしいが。
その二についてだがこれは皆さんも妄想してしまったことや内心では仲のいい人を私より劣っていると思いながら『えぇー●●ちゃんかわいいー』などといったことがあるのではないかと思う。
しかし、彼女はそれが全面的に出る。話には毎度自慢付きで自分のことしか言わない人に話をようやくふったかと思えば『まぁ●●はそうよな』と勝手に自己完結しては去っていく。
よく私が思うこととしては本当に人の真ん中にいる人というのは相手から寄ってくる。自分から話しかけに行って自分の話を中心へとねじ込む人は大体嫌われている。
今少しやってるかもと思った方にはまず人にも話を振ることを意識するのをお勧めする。
ちなみに、うざいかもしれないが、心配だと思っている人はたいていいい人で今私はやってないしと並木さんを笑っている人のほうがやばかったりするものだ。まぁやばい人のほうが多いと思うのでとりあえず全員やってみたほうがいい。
最後にその三についてだがなんとわがままなことか彼女はスクールカースト上位に自分をねじ込もうとする。
正直に言うと身分不相応のように思えるし、いや身分不相応という言葉はいけないのかもしれないがもともとどちらかというと陰気なほうにいてもうまくいかず仲たがいした彼女が、どう考えても急に陽気な人とうまくいくとは思えない。実際数名から最近うざくないという話を聞くぐらいには。
毎度毎度この小説は説法のようになってしまっているがやはり読んでくれている人がこうでないことをねがうのも事実だ。並木さんははたから見ると大変滑稽でお笑いのように思ってみているが話しかけられると実際たまったものではない。苦手な人と話すことほど無駄な時間の浪費はないというのが正直な感想だ。
身分相応にというとなんだか差別のように聞こえてしまうが嫌われたくないと思うならまず自分を差別してみるのもいい手だと思う。




