2-7 奪還作戦(4)
くすぐったさを感じて目を覚ました。
首に触れる何かを手で払い、それが他人の髪の毛であることに気づく。持ち主は鼻先が触れるぎりぎりまで顔を近づけ、紫の瞳で少年の目を覗き込んでいた。
「あ、起きた起きた」
間延びした声は聞き慣れたものであり、理性がある。シエロは相手の目覚めを確認して笑みを浮かべた。
数日の間、この〝いつもの〟反応を切に求めていたことを思い出した瞬間、モーリェは身を起こしてその胸に飛びついていた。
「おわっふ!?」
「よかった……よかったぁ……っ」
押し倒さんばかりの勢いでしがみつき、手に力をこめる。二人とも裸のままだったが、そこを気にする余裕はなかった。
蘇生されたばかりの真新しい身体は、汗臭さのない柔らかな匂いがする。折り重なった血の臭い、腐り始めた肉の臭い……彼がそれらから解放されたことが、ただひたすらに嬉しくてたまらなかった。
「シエロさん、ずっとあのままだったら、どうしよう……って……」
「あーうん、相当心配かけたみたいだねえ。でももう大丈夫、イゾラも」
シエロはいつも通りの、どこか困ったような笑顔を見せる。モーリェはその肩を掴んだまま、素早く辺りを見回した。
シャツに袖を通しているフォグと、あぐらをかいて目をこすっているシュテルン。視線が合うなり微笑んでくれた、ひどく疲れた顔のジンリン。
そして彼に服を着せられている最中の、本来の身体を取り戻したイゾラの姿があった。
仲間たちが欠けなく揃っていることを確かめると、目の奥がますます熱くなる。
「おはよーさん」
イゾラが屈託なく笑う。感情のたがはあっけなく外れ、数日前とは異なる温かな涙が溢れだしてきた。
「っ、イゾラさん、みんな……ちゃんといる、よかった、う、うう」
声を歪ませ、鼻をすするモーリェ。イゾラはその側につかつかと歩み寄り、身を屈めて、こつんと額をぶつけてきた。
「ああ、おかげで帰ってこれた。ありがとな。……ただいま」
「うん……うんっっ……!!」
少年はそれ以上の言葉を継げず、二人の先輩に挟まれながら、その帰還をひしひしと噛み締めていた。
一日でも一秒でも、彼らと長く共に在りたいのだと実感しながら。
「あっちょっと待って本体の印持ってくる」
「お前どんだけスペア眼鏡溜めてんだよ」
「んーあと一七個ぐらいあったっけなあ。モーくんも服着てきなよ」
「ねえ誰かジンとシュテ運ぶの手伝ってー」
「座ったまま寝てんの?」
「寝てるの。二人だけ生き残ったっぽいから、蘇生まで神経すり減らして待ってたんだろうね」
「あーマジか、後で埋め合わせする」
拠点はにわかに活気づく。ふたつの寝息を伴奏に、男たちの声が絶え間なく響いた。
そんな賑やかさの中に、萎れた声がただひとつ混ざる。
「……ごめん、みんな。僕を逃がしたせいで、こんな……」
事態が収束したが、少年の胸には一つのしこりが残っていた。
スライムに襲い掛かられたあの時、イゾラが自決を優先していれば、こんなにも深刻な事態にはなっていなかっただろう、と。操られたのがモーリェだったなら、仲間たちにとってまだ御しやすかったはずだ。
その翳りを間近で受け止めたイゾラは、懺悔を聞き遂げた後すぐに、自らの触手のうち一本を少年の口に突っこんだ。
「んぐー!?」
「次そういうこと言ったらチンポで塞ぐからな! ……大事な新入りなんだ、守らせてくれよ」
「えーとかっこいいこと言うかチンコの話するかどっちかにしてくれないかな」
「つまり口寂しいときは弱音を吐けばチンコが来てくれる」
「おっ何だクソフォグ小僧しゃぶるか今すぐ」
先輩たちのふざけた会話が、強引に感傷を塗り潰してゆく。
そのくだらない騒々しさに彼らなりの優しさを感じて、モーリェはこれで最後と涙を拭い、小さく笑った。




