2-6 変貌(1)
空間跳躍の際、死生匣の作る安全地帯――物資の持ち越しが約束される場所――の外にいた場合でも、体を作り直される前の着衣はおおよそ再現される。服の一部が欠けていたり、付着していたごみなどが巻き込まれている場合はあるものの。
しかしそれ以外の理由で死亡した場合、闘人たちは必ず裸の状態で再構築される。服を失ってしまうことになるが、臓物の破片や殲獣の体液で汚れきったものを再現されても困るため、死生匣なりに気を利かせた結果なのだろう……とモーリェは考えていた。
そして今、彼はその蘇生方法に、「体内の異物を排除できる」という利点があることを知ることとなった。
「っあああああああああっ!!」
悲鳴をあげながら身を起こしたモーリェは、まず自らの顔に触れ、耳に指を突っ込み、侵入者の不在を確かめた。
奴らはいない。スライムの侵入を許して視界を濁らせていた〈深海抱擁譚〉は、いつも通りの青く澄んだ揺らぎを取り戻していた。
「落ち着いて。大丈夫……ここは安全だ」
「え……あっ……」
急に抱きしめられ、背を撫でられる。その柔らかな声がフォグのものだとわかった瞬間、体からどっと力が抜けた。緊張の糸が切れ、涙がほろほろとこぼれてゆく。
「ごめん、ぼく……何もできなくて……」
「戻ってきてくれただけで御の字です。まずは気を鎮めてくださいね、お話はそれから」
「ほら、お茶あるぞ」
ジンリンがタオルケットを、シュテルンが紙パック入りの茶を施してくれる。モーリェは勧められるままに布に包まり、茶を啜って、ようやく平静さを得た。喉を潤している間、ジンリンが髪を編んでくれたことで、ようやく己の形を取り戻せたという心地になった。
辺りを見回せば、ここが拠点の大部屋であることと、壁際に見覚えのない血痕が散っていることがわかる。居合わせた三人の仲間は、ひどく心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
つい先程まで行動を共にしていた二人の姿はない。
「イゾラさんとシエロさん、まだ蘇生されてないの」
「……生きているはずなんだ。死生匣によると、二人とも」
フォグが苦々しい顔で告げた言葉に、モーリェは驚き目を見開いた。二人はあの状況を覆すことができたのだろうか。何か、自身には想像も及ばない方法で。
「あのさ……昨日、俺が留守番だったろ」
心なしか顔色のよくないシュテルンが、言いづらそうな様子で説明を引き継ぐ。
「いつも通り購買網見てたらさ、セーブポイントが暴れ出して」
セーブポイント、と仲間たちが呼んでいるのは、シエロが拠点に置いている自らの体の一部である。
腕などを切り落とし残しておくことによって、探索で手詰まりとなった際に使用中の身体を破棄し、安全地帯に置いてあるパーツからすぐさま再生を果たすことができる。彼はそれをコンピュータゲームのシステムになぞらえた愛称をつけていた。
「急にびたびた動き出した……まではいつものことだったんだけどさ。そこから余計な指とか、骨とか、なんかの内臓とか、髪とかが生えだしたんだよ」
「え……えっ」
「少し様子を伺ってたんだけど全然シエロの形になんなくて。量もどんどん増えるし、しまいにゃ何でかイゾラのっぽい触手とか爪とかまで生えてくるしでさ。ジンとフォグの帰り待ってられなくて、動かなくなるまで潰しちまったんだ」
正しい判断です、とジンリンがフォローを入れる。質量を増し続ける肉塊を放置すれば、いずれ拠点が使い物にならなくなっていただろう。
「私たちが得ている情報はこれだけ。モーくんから事情を聞けるのを待っていたんです。……何があったか、教えてくれますか」
優しい言葉遣いで尋ねられてはいるが、実質的には命令である。
モーリェはタオルケットの裾を強く握り、湧き出す恐怖と無力感を手の平に押し込めながら、一連の出来事をひとつひとつ打ち明けた。
あのとき、イゾラは「逃げろ」と叫んだ。殺すことによって逃がしてくれたのだと、そして自分を優先したことで彼は逃げそびれてしまったのだと、記憶を遡りながらようやく理解した。
「ごめん、なさい……」
説明と共にこぼしてしまった言葉は、真に伝えたい相手に届かない。
握った手を震わせるモーリェを責める者はひとりもいなかった。




