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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
二章 観察迷宮オギアム
23/31

2-5 焼き付ける

死生匣(テラヴァイス)が選ぶ空間跳躍(リレース)先って、地理も建物の感じも、拾えるもんに書いてある文字の形もバラバラだろ? わざわざ廃墟作りましたーっつー感じじゃなくて、いろんな文明から場所をくすねて使ってるような感じがするんだよな。先住民を弾き出して、代わりに殲獣(ホイル)を投げ込みまくったような』

『だからこの施設も、俺らをボコボコにするために作ったもんじゃないと思うんだよな。何か他の……クソトラップを全部かわして生き残る人間探すぜマシンみたいな、そんな感じのクソ施設を死生匣(テラヴァイス)が勝手に使ってるっつーか、そんな感じ』


 脳裏に蘇ったのは、この施設についてイゾラが語った推論の骨子。モーリェはハンマーを構え、目の前の敵を睨みつけながら、続けてフォグが言ったことを思い出していた。

 罠を乗り越えた先に、殲獣(ホイル)以外の強敵がいるかもしれないよ、と。

 その予想は、半分当たりながら半分外れていた。

 イゾラ、シエロと共に見つけ出した広間で三人を待っていたのは、ずんぐりむっくりとした体型を持つ人型の機械だった。

 身の丈はこの場の大人たちよりも大きく、いかにも頑丈そうな、硬いラインで形作られた装甲を纏っている。右手に回転する丸鋸を、左手に金属の杭を撃ち出す装置を備えたそれは、処刑人、殺戮機械、などといった形容が似合う姿をしている。

 人を威圧するデザインの機械は、侵入者を見るなり襲いかかってきた。

 蒸気のような何かを放つボディから、種子蟲(グラフタ)の気配を感じる。自らの身にも宿しているためか、闘人(レイズド)たちは近くに存在する種子蟲(グラフタ)の存在を感知し、その感覚によって相手が巨殲獣(ヘヴ・ホイル)であることを理解することができた。

 死生匣(テラヴァイス)から与えられるミッションの多くが巨殲獣(ヘヴ・ホイル)の討伐であり、その死体から引きずり出した種子蟲(グラフタ)闘人(レイズド)たちへの報酬となる。

「やっとお出ましだなあッ! 種子蟲(グラフタ)よこせおらああああぁっ!!」

 咆哮めいた宣戦布告が大部屋に響き渡る。

 イゾラは銃口の動きを把握しながらの疾走で射撃を(かわ)し、わずかに肌を裂かれながらも徐々に対象との距離を縮めてゆく。杭が床と壁をえぐる音は、ひどく暴力的な響きをもってモーリェの足をすくませた。

 灰色だらけの世界の中で、イゾラの赤が鮮烈に舞う。その一方で、「よろしく」とだけ告げて荷物と眼鏡を床に放ったシエロが、ナイフすら抜いていない丸腰の状態で、悠々と巨殲獣(ヘヴ・ホイル)に向かってゆく。大きく手を広げ、自ら的になるかのように。

 その意図を察したモーリェは、荷物を拾うと慌ててその場を離れた。この無防備な男の背後にいてはいけない。

「ほーら、かかってこ――ぁがっッ」

 間延びした挑発の言葉は、撃ち出された無数の杭によって縫い留められた。顎を砕き、喉を潰し、肋骨とその下の臓腑を貫いた杭が、鮮血を纏って長い髪から飛び出した。シエロに刺さらなかったものは、つい先ほどまでモーリェがいた場所を通り過ぎてゆく。

 背に棘を纏ったシエロが仰向けに倒れる。その瞬間、射撃の脅威から逃れることのできたイゾラが、標的の背後から襲い掛かった。丸鋸による横薙ぎの迎撃が行われるが、襲撃者は身を屈めてそれを掻い潜る。

 髪の一部と触手の先端を刎ねられながらも、イゾラは敵の足元に潜りこみ、機体の関節部分に〈(アルティカ)(・レム)(=ルフ)〉を突き立てた。装甲の隙間を狙った一撃には確かな手ごたえがあり、真新しい傷で火花が跳ねる。

「っぐ、が……っ!!」

 感電し身を痙攣させながらも刃を振りぬいた。関節部分を半ば切り裂かれた巨体はバランスを崩し、仰向けに倒れこむ。イゾラは咄嗟に床を転がり、すんでのところで下敷きを免れた。

「残念、だったなぁ、短足野郎……っ」

 荒く息を吐きながら仕上げに取り掛かる。標的のボディから噴き出した蒸気に肌を焼かれていたが、戦えなくなるほどの損傷ではなかった。

 手先と直結する形で大型の武器を備えたものは、手による体勢の立て直しを行いにくい。イゾラが身をもって実感した――そして生体武装(グラフト)の追加によって克服した――不都合に再起を阻まれた殺人機械は、その場に倒れたまま、可能な範囲で敵の姿を追い銃口を向ける。

 しかし最弱にして最もしぶとい乱入者がそれを阻んだ。

「だー、めっ」

 シエロが発射装置にまとわりつき攻撃を阻む。モーリェに杭を抜いてもらった顎は再生が済みつつあったが、その他の部分は時間を惜しんだ結果杭が刺さったままだった。

 巨殲獣(ヘヴ・ホイル)は強引に杭の射出を行うが、それはシエロの腕をずたずたに潰しながらも、一番の難敵にはかすりもしない。邪魔者を排するべく振るった丸鋸は、目的を成す前に、関節部分への攻撃を受けて機能を停止した。

「ありがとな、今殺る!」

「はやく、あっ、熱っ」

 シエロが下半身に蒸気を浴びながら喘ぐ。足腰に火傷を負い、その刺激に涎を垂らしながらも、顔には高揚がもたらす笑みが浮かんでいた。彼は既に勝利を確信している。

 やや離れた位置から一部始終を見ていたモーリェは、任された役目を果たすべく、そのための道具を手に標的へと近づいて行った。

 戦闘機械に巣食っているであろう殲獣(ホイル)が逃げ出したときが出番だ。殲獣(ホイル)を焼くための油が入ったボトルは、中身を補充したばかりでずしりと重い。

「こんなもん、だな」

 少年がにじり寄って出番を見極めている間に、イゾラは機械の関節部分を狙い、残るパーツを次々と無力化していった。

 欠け知らずの赤黒い刃は、金属に繰り返し突き立てられてなお、魔性の切れ味を保ち続けている。

 巨殲獣(ヘヴ・ホイル)が四肢の自由を失い、機械仕掛けの単眼が動かなくなってなお、装甲の薄い部分への攻撃は続く。戦闘は既に解体作業に変わっていた。

 その側では、囮の役割を完遂したシエロが、自らに突き刺さった杭をひとつひとつ抜いては放り捨てている。そして服の残骸で顔を拭い、眼鏡をかけ直した。

「……っと、上手いこと、いったねえ、っぶぇ、よかったよかった」

 言葉と共に血の塊を吐きながら、真の標的が現れる瞬間を待つ。

 イゾラはついに機械の胸部装甲をこじ開けようとしていた。貝殻から身を剥がすかのように接合部を破壊し、ケーブル類を切断しながら、持ち前の怪力で金属板を持ち上げてゆく。

「じゃあトドメと行こうじゃねえか、ちゃんと捕まえてくれよっ」

「わかった!」

 彼はモーリェへ目配せをすると、鋭い歯を見せて笑った。笑顔を向けられた当人は、緊張した面持ちで応える。

 機械類に潜むスライム型の殲獣(ホイル)を屠ることには慣れたが、その親玉となると他の個体より手間取るかもしれない。俊敏に動かれても対処できるようにと気を張り、開かれゆく機体を見つめていた。

 しかし装甲がこじ開けられた瞬間に異変が起こった。罠らしきものが見当たらなかった壁と天井から、ヴン……と唸り声のような音が鳴り出したのだった。

「罠かな」

「退くぞ」

「えっ、あ、わかっ……」

 リーダーの決断は早かった。……が、脅威は即断を跳ね退ける勢いで襲い掛かってきた。

 持ち上げられた装甲の下、人型機械の胸部から、もはや見慣れたスライム――の体積を増しに増したもの――が勢いよく飛び出してくる。それは側にいたシエロの頭へと取り付き、瞬く間に包み込んでしまった。

「っう……っ、っっ……!」

「てめぇ!!」

 苦悶の声にイゾラの怒号が重なる。彼は友からスライムを引きはがすべく、あるいは首から上ごと切り離すべく、即座に跳躍の姿勢を取り――更なる脅威によって阻まれた。

 壁と天井に設置された消火装置、更には照明や空調といった機器の隙間からも、スライムが大量に射出されたのだった。

「な――――」

 あらゆる隙間に身を潜めていたらしい、おびただしい量のスライムが雨のように降り注ぐ。イゾラは爪を、モーリェは荷物袋をとっさに振ったが、粘体相手では斬撃も打撃もまるで効果がなかった。

 スライムは闘人(レイズド)たちの身体に纏わり付き、動きを阻害する。床に散ったものも、それらの敵へと一直線に向かい足に纏わりつきだした。

 取り落とした瓶が割れ、油が辺りに撒き散らされる。

「火だ! 焼け!!」

 イゾラはもがきながらありったけの力で叫んだ。

 このまま一方的に窒息死させられるぐらいなら、巨殲獣(ヘヴ・ホイル)を巻き添えにして焼死したほうがいい。多くの修羅場を乗り越えた経験、および無力な死を迎えてきた経験が、少しでも多くの戦果を残すための判断を下した。

 しかしモーリェはその指令を遂行できず、床に膝をついてしまう。

「う……ぅ、あ、ぐ……っっ」

 視界が、床に膝をついたはずの体が、ぐらりぐらりと揺らぐ。

 少年の顔面に降り注いだスライムは、振り払おうとする手をすり抜け、獲物の耳へと入り込んでいた。

 音を断たれた片耳の奥へ奥へと、痛みを連れた侵入者が押し入ってくる。平衡感覚を破壊され、成すすべなく倒れたモーリェを迎えるのは、床を這い集まったスライムたちだった。

 それらは少年の顔面へ殺到すると、口に、鼻に、更には右目の水面にまで身をねじ込んでくる。

「あ……あ、が……っ!」

 顔の穴という穴を犯される圧迫感は凄まじく、頭が破裂してしまいそうだ。どこかに落とした着火器具を拾うどころではない。

 モーリェはそれでも必死に力を込め、ほうほうの体でどうにか頭だけを持ち上げて、人型機械の残骸――を踏み締めていたはずのイゾラ――を見上げた。

 彼ならどうにかしてくれるかもしれない、と、混濁する意識で縋る。それ以外の解決策が浮かばなかった。

 救い主の姿はすぐに見つかった。彼もまたスライムに纏わり付かれ、耳を犯されながらも、こちらに向かって駆け――

「逃げろ!!」

 と吠えて、モーリェの背に右腕の刃を突き立てたのだった。

 力任せに突き立てられた凶器は骨を断ち、早鐘を打つ心臓を貫いた。そしてすぐに刃を抜いたかと思うと、続けざまに二度の刺突を繰り出す。狙いはすべて左胸だった。

 真新しい傷口から血がほとばしり、スライムたちを血で染め上げてゆく。意識が白く弾ける。少年は何が起こったのかを理解できないまま、目を見開いて血を吐きだし、がくがくと腰を揺すった。

「ぇ、あ、ぁぁ……っ」

 粘体に侵食されぶれる視界の中で、地に膝をついたイゾラが、自らの胸に左手を宛がっていた。苦渋に満ちた顔で歯を食いしばり、服に、その下の肌に、爪を食い込ませる。今しがた後輩に与えた死を自らも得るために。

 しかしその行為は乱入者によって妨げられた。

「な……おま、やめっ」

 先に攻撃を受けて倒れていたはずのシエロが、イゾラを押し倒して左手を絡め取ったのだった。

 彼は手を切り裂かれながら強引に自死を阻む。イゾラはひどく驚いた顔のまま、右腕や尾の先端、更には髪の束までをも使って自決を完遂しようとするが、そのすべてを邪魔立てされ、致命傷を得られぬまま脱力してしまった。

 いけない。

 とてもよくないことが起こっている。

 ただ殺されるだけに留まらない、何かが。

 薄れ消えゆく意識の中で、押し寄せる悪い予感が精神をすり潰してゆく。

 モーリェは目の前の惨状をただ見ていることしかできなかった。否、見ていることだけができた。蘇生されてからの再戦を有利に進めるため、死ぬ瞬間まで敵を観察しろ、と教えられていたために。

「……っ、ぇ、……」

 やめて、という言葉は喉を通らない。

 少年が最期に見たものは、取り押さえた相手の口を己の口で塞ぐシエロと、彼が吐き出したスライムを無理やりに嚥下させられるイゾラの姿だった。

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