2-4 憩う流水(2)
件の施設は、壁に見せかけた鋼鉄の扉を破壊した先に存在した。十日を超える時間をかけてのマッピングの末、不自然な空白のスペースが存在することに気付き、念入りにその周囲を調査したことで見つかったのだった。
隠蔽された区画にもスライム型の殲獣は潜んでいたが、罠は全く設置されていない。この無機質な迷宮が本来の用途に使用されていた頃、それを管理する側の者たちが使っていた区画だろう――機械の類に明るいフォグとシュテルンがそう推測した。
多くの機械類が並んだ管制室らしき場所で、いくつかのモニターが辛うじて光っている様子も見て取れた。しかし闘人たちはそれらに触らぬよう、静かに扉を閉ざして当初の目当てである場所を目指した。読み解けない言語を無視して機材を弄り、施設の電源を止めるようなことがあっては敵わない。
目指すはその上階、宿舎らしき区画の奥。
辿り着いたシャワールームは、生き残りが半分ほどとなっているやや薄暗い照明をもって客人を迎え入れた。
「意外ときれいだな、床磨かなくても大丈夫そうか?」
「いけるいける」
シュテルンがデッキブラシを手にしたまま屈みこみ、僅かに埃を被ったのみの床に息を吹きかけている。その隣で、シエロが目にも留まらぬ早さで服を全て脱ぎ捨てていた。
「実は僕らもちゃんと浴びてないんだよねえ。せっかく全員分あるんだしみんなでワーッてしたいじゃん?」
「そうだったんだ、優しい」
「でも体がきちんと待ててないですね」
「毎度思うけどそのスピードチンポっぷりほんと凄ぇよな」
「早漏っぽい呼び方つけるのやめてくれる?」
イゾラが軽口を叩いている間に、モーリェが腰のベルトを、ジンリンが背中の留め具を手早く解いてゆく。
誰に命じられたわけでもないその働きに、脱がされている当人は「ありがとさん」とだけ答え笑ってみせた。この一団の長たる堂々とした様子で。
侍従めいた行いをこなした二人の顔には、世話を焼く喜びが浮かんでいる。
「いいなー僕も手厚く脱がされたーい」
「裸で言われても……」
「皮膚脱がします?」
「温度差ッ!!」
モーリェにはきょとんとした顔で、ジンリンには微笑みであしらわれながら裸族が嘆く。
はしゃぐ男たちの浮つきはさらに伝播し、それを見ていた者までもが混ざりだした。
「モーくんー、こっちも着替えしんどいから手伝って―」
呼ばれて顔を向けると、両手足を取り外して地べたに転がり、脂肪に守られた断面を見せながら笑うフォグの姿がある。
「なんでそれ外したの!?」
意味がわかんない、と言いながらもモーリェは楽しげに服を脱がせていった。小さなわがままを笑って受け入れられるぐらいに、友としての二人の仲は深まっている。
裸に剥いてから手足を再び取り付けると、出血のない切断面が音もなく癒着する。準備は整った。
「じゃあボス、号令よろしくー」
「えっ俺なんか言うの? ……よし、行くぞ野郎ども! 文明しゃぶり尽くすぞ!!」
「はい!」「おう!」「いやっほぅ!」「うぇーいっ」「あ、うん」
てんでばらばらに呼応した男たちは、衝立で仕切られたスペースに我先にと入り込んだ。
まだ冷たいシャワーを浴びた者の悲鳴はすぐに歓喜の声へと変わり、久々の――あるいは闘人となってから初めてとなる心地よさに酔いしれていった。
「洗髪剤好きなの使ってくださいねー!」
「はいよーっと!」
「なんでそんなに種類あるの!?」
「ジンが色々買って! 好みじゃなかったやつ回してくるんだよ!」
水音にかき消されないよう大声をあげての会話が続く。モーリェは編んでいた長い髪をほどき、洗おうと洗髪剤のボトルに手を伸ばした。
……が、ふと思い立って動作を中断し、荷物を持って二つ隣のブースの前へと移り扉をノックした。
「イゾラさん、手伝い要る?」
頭を洗おうとした瞬間に脳裏に浮かんだのは、触手で大雑把に頭を洗っているであろうイゾラの姿。
こんなにも文明的な施設に巡り合えたのだから、もっと気合いを入れてきれいにしていったほうが良いのではないのか、と少年は考えていた。洗髪はやはり頭皮に軽く爪を立ててこそであると。
新入りの申し出に、イゾラは戸を開け中へ招き入れることで応えた。いつも悪ぃな、と告げる顔はどことなく嬉しそうでもある。
二人――それも片方は異形のパーツを複数備えた者である――が共に入ったスペースは狭かったが、少なくともモーリェにとっては不満はなかった。シャワーを浴びるイゾラの姿は、いつもとまた違った雰囲気を持っていて、うなじや厚い胸板がやけに色っぽく見える。
「頭から……でいいかな」
「おう、頼むわ」
イゾラは屈託ない笑顔を浮かべてその場に屈みこんだ。モーリェは洗髪剤を使い彼の頭を洗ってゆく。頭頂部からひょこりと飛び出した髪の房には触れないようにしつつ。
自在に動くこの部分もまた、イゾラが保持する生体武装の一つであり、殺傷能力がある。彼の頭に自らの血のシャワーを降らせるわけにはいかない。触手翼から生えた眼球に洗髪剤をかけないようにすることにも苦労した。
ぬかりなく頭を洗い終った後は、持ち込んだタオルで体をこする……はずだったが、不意に手を絡め取られてしまう。
「折角だし一緒に洗おうぜ」
彼は床に落としてしまっていた石鹸を爪の先で取ると、それを触手にパスして弄び、泡立ててみせた。そして泡を纏った触手で、モーリェの身体をまさぐりだしたのだ。
「っ、いいけど、くすぐったい……っ」
「催したんならついでにヌいてやってもいいぞ?」
「今は大丈夫、たぶん……頑張る」
体じゅうをまさぐられながら、相手の肌をタオルで清めてゆく。手を切らないように注意しながら、右腕の剣や尾の先端も。
触手が背やわき腹を撫でる感覚に、モーリェは小刻みに息を吐いて耐えていた。いやらしい気分を呼び起こす状況ではあるが、今は買って出た役割をこなすことを優先させたい。
心地良さそうにモーリェの奉仕を受け入れるイゾラの様子は、何よりも熱く心を満たしてくれた。
「イゾラさん、自分は」
背伸びをして、彼の耳元に唇を寄せて告げる。シャワーの音にかき消されずに済むぎりぎりの声量で。
「闘人になって本当によかった。こうやって、イゾラさんの役に立てるのが、嬉しい」
「……大げさだな」
「大げさなんかじゃない」
紡ぐ言葉に偽りはない。少なくともモーリェ自身はそう強く思っている。
イゾラは少し困ったように微笑み、「悪かない」と耳元で囁いた。
そのたった一言で、今浴びている湯よりも熱いものが、心になみなみと注がれてゆくのだった。




