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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
13/31

1-6 巨殲獣(2)

 頭は想像以上にずしりと重い。うっかり触れてしまった切断面は、不自然に作り出された皮膚で覆われていた。

「どうしたらいいの、これ……」

「俺らにも顔が見えるように持っててくれ」

 言われた通りに生首の向きを変える。その持ち主は相変わらず裸のまま、辺りを歩き回り「うーん」と唸っていた。

『やっぱりロープ結べそうにないねえ』

 本体と残骸が同時に喋り出したため、少年は生首を取り落としそうになった。

 すんでのところで踏みとどまり、首の断面を覗く。気管と肺がぶら下がっているわけではないことを確認して首を傾げた。

「俺とフォグで持つぞ」

『んー、無くていいや。ロープあっても無事に帰れなそうな気がするし』

「あっ、あの、なんで頭だけで普通に喋って」

 モーリェの問いに対し、シエロは裸のまま得意げに解説を始める。股間のものが頭を上げてしまっている件については言及しないことにした。おそらく先ほどの斬首のせいだろう。

『まず再生能力がね、僕の二つめの生体武装グラフト、〈潰えざる肉叢トライクラッド・リフレクシア〉の力。そしてもげたパーツを動かせるのが、一つめの生体武装グラフトの〈泣別れ機構プレスティオド・ブラト〉の力。初めて芽吹いた力がこれ、って知ったときはびっくりしたなあ。こんなもんどう使えばいいんだって』

 つらつらと語りながら、裸の男は石の松明と剣を拾いあげた。そして縦穴に近づき身を乗り出す。せめてパンツぐらい持ってきなよ、という忠告を涼しい顔で聞き流しながら。

『だからモーくんも、その目にしょっぼい使い道しかなくってもしょげないでねえ。種子蟲グラフタ増やしたら元のと噛み合う体になるかもしれないからさ! いってきます!』

 悠長なアドバイスを残し、シエロは底の知れない穴へと飛び込んだ。手にしていた灯りは瞬く間に遠くなり、名もない星のような小さなものになってしまった。

「おぅっふ!!」

 モーリェの腕の中で生首が呻く。

「だっ、大丈夫!?」

「へーきへーき、足折れただけ。すぐ治るよう」

 相変わらずの間延びした声が安堵を呼ぶ。彼の能力なら砕けた骨ぐらい簡単に再生させてしまうのだろう。

「どうなってるの?」

「だだっ広い空間があるみたいだね。足元にはえーと、イソムシ? クツムシ? とにかくその辺のでかいやつが山ほどいるけど、襲い掛かってはこないや……あ、なんか入口以外ほとんど水没してるっぽい」

 シエロの生首は淡々と状況を伝えてくれた。足元がぬるついていること、やけに生臭いにおいがすること、歩くだけで次々と虫を踏んでしまうこと。

 想像するだけでつい顔を歪めてしまう新入りに対し、二番目に年かさだという男はどこまでも落ち着いている。慣れがもたらしたものなのだろうか。

「えーと、フロアを取り囲むように細ーい道があるよ。ちょっと回ってみ……あっ!!」

「どうした!?」

「水の中に何か……でっか! うわぁ!!」

 実況がにわかに焦りを帯びだした。三人は真剣な面持ちで斥候の声に聞き入る。

「なんだこれ! ワームかな! とにかくでか、あああああああっ!?」

「シエロさん!?」

「……呑まれた……ぁ、っ」

 悲鳴がやけに艶を帯びたものとなり、モーリェも状況を察した。これ以上の偵察は期待できないだろう。持っていった剣はその役割を果たせなかったようだ。

「えーと、この下にはでかくて臭い水場があって、そこにバカでかいニョロニョロがいる。と」

種子蟲(グラフタ)の、気配が、する……よ、こいつ、が、巨殲獣(へぶほ)……っ」

「マジか、サイズとかもっと詳しくわかるか?」

「よく、見えなかっ……っぁぁ、かなり、素早くてっ、消化液、吐いっ、ううぅっ」

「なんか、相当()さそうだね……ところでいつまでその喘ぎ声聞いてればいいの僕ら」

「も、ちょっと……で、窒息、するから、待っ、て」

 イゾラとフォグは慣れた調子で生首との対話を続ける。抱えた頭の持ち主、巨殲獣(ヘヴ・ホイル)に呑まれ今まさに息絶えようとしている男に、新入りは思いを馳せた。

 化物の体内に捕らえられ、生きながらにして消化されるのはどんな心地なのだろう。体を肉の檻で締め付けられ、肌を溶かされながら意識を失う……つい想像してしまい、おぞましさと背徳的な期待が身を駆け巡った。

 しかし今はこんなことを考えている場合ではない。我に返ったモーリェは、巨殲獣(ヘヴ・ホイル)を狩る方法について話し合いを始めた先輩たちに混ざるべく、二人の話に聞き入った。……が、

「近づいてる」

 シエロがぽつりとこぼした言葉で、話し合いは中断された。

「置いてる、頭のほうに……すごい勢いで、近く」

 その意味を汲むことができなかったモーリェの前で、他の二人が顔つきを変えた。にわかに緊張が走った通路で、シエロはできる限りの大声で告げる。

「昇ってる!!」

 何が? 何を? 少年が状況を理解するより早く、イゾラが爪で元来た道を指し叫んだ。

「下がれ!!」

 返事もないがしろに、床に置いていた剣を手にして走り出す。逆手でシエロの長髪を掴み、壁にぶつけることもお構いなしの必死さで通路を駆けた。それを指示した者の表情には、そうさせるだけの気迫があった。

 一方でフォグは自らの腹に手を突っ込む(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)。腹筋を縦に裂いている亀裂は、痛みも流血もなく主の腕を受け入れた。

「伏せて!!」

 力いっぱい叫びながら、生体武装(グラフト)・〈歪庫境界(アピス・シークェル)〉が作り出した”生ける荷物袋”から目当てのものを素早く掴み出す。そして手早くパーツをひとつ抜き取り、縦穴へと力いっぱい投げ込んだ。

 三人が身を伏せてすぐに爆発が起こった。耳を殴りつけてくる轟音に混ざり、甲高い何かの鳴き声が響く。購買網(レプライヤ)で運良く購入できたという手榴弾は、上手いこと標的の出鼻をくじくことができたらしい。

 煙が収まるまでの間、固唾を呑んで敵の出方を待った面々の前に、巨大な(みみず)のような生物が顔――だったと思われる場所を無残に潰された姿――を見せた。

 豪快にえぐれ、肉がめくれあがった口で獲物を呑むことはできないだろう。そう判断したフォグは、とどめを刺さんと歩み寄りながらまた〈歪庫境界(アピス・シークェル)〉をまさぐる。

「もう一発ぶちこんでやればイきそうだね! ごめんねシエロ!」

 しかしその行く手を阻むものがあった。駆け足で前に出たイゾラが、右手で道を塞ぎ制止したのだ。

「やけに活きがいい、頭なしでもまだまだ動くぞ」

「どうするの?」

「三つ四つに切り分ける」

 縦穴に歩み寄る背中が、あとは俺の仕事だと語っていた。いつの間にやら触手で複数の灯かりを抱えていたイゾラは、大蚓を輪切りにするべく縦穴を覗く。が、

「うおっ!?」

 降りる取っ掛かりを見つける前に、勢い良く身を翻した。穴を這い昇ってきたもう一体の大蚓を避けたのだった。

 目も鼻も見て取れない、丸い大きな口に無数の牙だけを備えた襲撃者は、通路にいたフォグに向かって突進してくる。とっさに回避行動を取ることができなかった獲物は、頭から喰らい付かれてしまった。

「てめぇ!!」

 しかし仲間はそれを許さない。イゾラはすぐさま大きく刃を振り上げ、大蚓の身を力いっぱい切り裂いた。刀身は太い身に深々と食い込んだが両断には至らない。

 巨殲獣(ヘヴ・ホイル)は金切り声をあげながら身をよじり暴れ狂った。通路に置いていた荷物を散らかしながら。

 圧倒的な質量がイゾラを襲い、跳ね飛ばして壁に叩き付ける。噴き出した血を塗り付けるように一撃、階下へ退きながら振り回した頭でもう一撃。受け身を取りそこなった体を、容赦のない体当たりが襲った。

「が……ぁ、っ」

 鼻血が垂れる。胸が痛む。肋骨が傷ついたことに気づきながらも、戦士はお構いなしにまた右腕を振るった。刃は大蚓の口を掠めたが、それだけだった。

 上半身を襲った痛みは高揚を呼ぶ。イゾラは通路を見やり、一連の攻防をただ見ているだけだったモーリェへ、血に塗れた凄絶な笑顔を見せた。

「ありったけの松明持ってきてくれ!」

 そう言い残すや否や、イゾラは縦穴へと飛び込んだ。ずりずりと後退する速度に自由落下で追いつき、頭部を避けて、先程負わせた傷のすぐ下に主武装である右腕の剣・〈(アルティカ)(・レム)(=ルフ)〉を突き立てる。

 凶器は重力を味方につけ、強靭な筋肉を容赦なく切り裂いた。身を縦に切り裂かれ、大蚓はますます激しく暴れ回る。

「うおらああああああああああああああっ!!!」

 振り落とされぬよう、体中に生えた刃物を次々と突き立ててゆく。その際に発した咆哮(ウォークライ)は、大急ぎで松明を拾い集めていたモーリェの脳を揺さぶった。イゾラの勇ましさ(ぼうりょく)は少年の魂を惹きつけ、狂わせる。

「シエロさんは!?」

「先行ってて、僕はまだ時間かかる!」

 やむなく床に置いた生首は再生を始めていた。むくむくと膨れた肉が首と胸を形作ろうとしているが、一瞬でというわけにはいかない。少年は先輩たちの言葉に従い、単身で戦場へと駆けた。

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