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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
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1-6 巨殲獣(1)

 剣を手にしたまま屈みこみ、獣の死体を観察する。妙に長い脚といびつな頭を備えた獣は、殲獣(ホイル)と称される好戦的な生物の一種だ。その生態は多種多様であるが、闘人(レイズド)に対して好戦的である点が共通している。

 今しがた屠ったばかりの物言わぬ殲獣(ホイル)を見つめると、前脚の付け根に”ある”ことを感じ取ることができた。右の瞳に湛えた海が、そこに同胞がいるのだと伝えてくるのだ。

 モーリェは目当ての場所を剣で浅く切り開いた。すると傷口から短い紐のような生物がぬるりと這い出してくる。眉をひそめながらも指先でつまみあげると、それは血まみれの身をくねらせて少年の手を獣の血で汚していった。これに対する嫌悪感を払拭するのはしばらく時間がかかりそうだ。

「どうぞ、これ」

「ありがとう、モーくんもだいぶ手馴れてきたね」

 あっという間に死んでしまうという生物を素早く差し出す。それを受け取ったのは、脇腹に大きな引っ掻き傷を負ったフォグだった。

 彼はその場に座り込み、種子蟲(グラフタ)に似ているが比べるとかなり小さな生物――再生蟲(フレシュ)と呼ばれている種類のもの――を傷に這わせる。

 この寄生生物は宿主の再生を促すが、体を作り変えるほどの力はない。再生蟲(フレシュ)はせわしなくうねりながら、血を流す傷口へと潜り込んでいった。

 フォグはそのさまを見つめながら熱っぽい吐息を洩らす。

「っ、ぁ……っ、効く……すごい効く……」

 その様子を見守っていたのはモーリェの他に二人。普段より規模の大きい探索チームを組むことになったイゾラとシエロが、手当が済むのを待っていた。

 傷口の肉が盛り上がり、繋がって、もとの姿を取り戻してゆく。そのさまを見ていたシエロは首を傾げた。ただいつも通りに傷を治しただけなのに、フォグの反応がやけに楽しそうだったゆえに。

「なにそれ、新種か何かだったの?」

「ううん、いつものだよ。でも後輩が採ってくれた後輩力の高い一匹だからさ、心に染みる」

 モーリェが闘人(レイズド)の仲間入りを果たしてから十五日が経過していた。

 フォグにとっての後輩が存在することのありがたさ、すなわち自分が一団の最年少ではなくなったことへの喜びは、まだ勢いよく燃え盛っているらしい。

「そんな力こめた覚えはないんだけど……」

「いーや入ってるね、たっぷり入ってる。僕にはわかる」

「何でもいいからシャキシャキ進もうぜ、ほら立った立った」

 イゾラが触手翼でフォグを小突く。はぁい、と応えて立ち上がるべく床についた手の片方は、透けた不定形の物質に挿げ替えられていた。

 彼が得た生体武装グラフトの一つである〈篭絡端子パグロイディア・アセンブラ〉の力で、両手足を他人や他の生物のものと入れ替えられるのだという。服でも着替えるかのような気軽さで、すぽんと腕を取り外すさまを初めて見たときにはモーリェも驚いた。

 いつもの調子を取り戻した四人は、湿った暗い通路をひた進む。灯りには拠点でも使用していた光る石を用いていた。棒をくくりつけ、松明状にしたものだ。

 暗闇の中で暮らしている殲獣(ホイル)たちは光で怯むものが多く、戦いを有利に進められるだろうとみな考えていた。しかし深層に進むほどに狂暴な性質のものが増え、慣れぬ光に狂乱するようになり苦戦を強いられている。

 が、その事態を嘆く空気はなかった。先達たちにとって、この程度の苦労は慣れたものであるらしい。

「しかし再生蟲(フレシュ)持ってるやつ多くて助かったねえー。この調子だとあと何日かで攻略できるんじゃない?」

「前々回もそんなこと言ってたけどさ、結局時間ギリギリだったでしょおじいちゃん」

「おじいちゃん……」

「そこテキトーなこと言わない! 新人が覚えそうになってるでしょ! そもそも今の長老はイゾラだからね、僕よりひとつ上」

「でもお前のほうが動きがオッサンくさいじゃん」

「はーよっこいしょーとか言うし、酒飲んだとき『かーっ!』て鳴くし」

「あーはいはい悪うございましたねジジイで! ほら例の場所とやらに着いたんじゃないの? ここでしょ? 僕ジジイだからわかんないや教えて若い衆」

 無駄口を叩くうちに行き着いたのは、一見して行き止まりのように見える場所だった。

 扉が取り払われた小部屋には壁のみが存在している。床がなく、天井もない、四角い縦穴だ。モーリェが恐る恐る穴を覗き込んでみると、底の知れない暗闇が広がっていた。

「何これ、井戸……?」

「エレベーターの跡じゃないかな」

 フォグが告げる言葉は聞き慣れないもので、モーリェは頷きかねた。疑問が表情に出てしまったのを読み取ったのか、フォグはにこやかに続きを話してくれる。

「機械仕掛けの昇降機さ。施設のてっぺんから底まで簡単に移動できるやつだよ」

「あ……そうか、これって拠点の開かずの扉と同じ」

「そういうこと。で、この縦穴に飛び込めば、一番下まですーっと降りれるって寸法だよ。調べてみない手はないよね」

「そっか、それで斥候を……シエロさんよろしうおああっ!?」

 何気なく振り返ったモーリェが、素っ頓狂な声をあげて後ずさる。縦穴に落とすまいと、フォグがスライム状の手で腕を掴んで支えた。

 驚くのも無理はない。この場所を調査するために探索に加わっていた男が、やや離れた場所に、なぜか素っ裸で立っていたのだから。

「なに、それ」

「いやあほら、確実にダメにするなら脱いどいたほうがいいでしょー?」

 唖然とするモーリェの前で、シエロは片膝を立てて座った。そして銀の長髪を手で束ね、持ち上げる。

 閉じた目はいつものレンズ越しではなかった。彼が体の一部であると主張している伊達眼鏡は、畳まれた服の上で主の留守を守っている。

「じゃあ、よろしく」

「おう」

 合図を待っていたらしいイゾラは、裸の男の背後に立ち、髪の束に触手を絡みつかせた。そして髪を強く引っ張り頭の向きを調節すると、

「そーらよっと!」

 気安い掛け声と共に右腕を振るい、シエロの首をすっぱりと切断してみせたのだった。

 絶句するモーリェと、まったく動じずにいるフォグの目の前で、頭を失った男の体が揺らぐ……が、それが床に崩れ落ちることはなかった。

 手をついて踏ん張った体のてっぺん、勢いよく血を噴き出した切断面が、もこもこと膨らんで形を変えてゆく。赤黒い肉塊は瞬く間にかさを増し、一部を変質させ、新たな頭蓋骨を生んだ。

 さらに眼窩と顎から飛び出した肉塊が、眼球、筋肉、皮膚を素早く作り出してゆく。最後にそれらすべてを隠すように髪が伸び、再生が完了した。開いた目はいつもの気だるげな雰囲気を取り戻している。

 モーリェはあんぐりと口を開けたまま、その様子を見ている他なかった。シエロの再生能力の凄まじさは話に聞いていたが、失われた部位を――それも人間なら切り離されれば即死である頭部を――やすやすと作り直してみせられてはただ驚くしかない。

「で、こいつが獲れたての新鮮な頭でございますよーっと」

 つかつかと歩いてきたイゾラが、安らかに目を閉じたシエロの生首を差し出してくる。モーリェは生首とそれを持つ男の顔を交互に見てから、観念してそれを受け取った。

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