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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
11/31

1-5 手取り足取り(2)

「だいたい覚えたか?」

「わかった……と思う……」

「上手くいかなかったら誰か連れ込んで訊いてくれよ。あと使うF(フィード)は損傷具合によって変わってくるぞ。下半身まるっと食われたやつ運び込んだら、蘇生より高くついたりする」

「もうどうしようもないと思ったら、仲間に荷物を預けてとどめを刺してもらったほうが良いですね。連れ帰ってもらう手間も省けます。蘇生に半日かかるので、時間がないときはその限りではありませんが……」

「蘇生に寝る時間を含んでるって考えたら死んどいたほうが得だと思うぞ」

「半日も寝こけなくたって戦えるじゃないですか」

「あとついでに汚れ落として貰えんじゃん、つまり水浴びも兼ねる。マジすごい」

 さらりと語られる内容は、ことごとく命の価値を欠いていた。どちらが得かという議論の中で、闘人(レイズド)たちの命は完全に消耗品として扱われている。

 モーリェはそのやりとりをただ黙って聞き届けた。自分もいつかは同じような軽さで加わる日が来るのだろう、とぼんやりと考えながら。

 討議は平行線を歩んでいたが、ジンリンが手振りを添えて話を遮る形で終わった。相手につきつけた手ではないほう、男にしては華奢な左手が、いつの間にかさらに大きく膨らんだ腹を押さえている。心なしか顔が紅潮しているように見えた。

「ちょっと、席を外すので……あとはお願いしますね」

「見せてやりゃあいいじゃん」

「まだ刺激が強すぎるでしょう!?」

 力強く言い捨てて、異形の妊夫はそそくさと階下へと消えてゆく。爪が床を叩く音が遠ざかり、フロアに静寂が訪れた。

 モーリェは新たな話題に困り、様子を伺うように、イゾラの顔をちらりちらりと見上げた。二人きりになるのは出会った日以来であることに気付く。死生匣(テラヴァイス)を前にした、あの日の再現に近い状況ではあるが、そこにひょっこりと顔を出す者はいなかった。

「これ、触ってみていい?」

「おう、やってみ」

 数日前を思い出しながら死生匣(テラヴァイス)に触れてみる。硬い表面を指先でつついてみても、登録だ何だと言って心臓を潰すようなことはしてこない。

 ディスプレイにいくつも表示された小窓は、様々な情報を命令通りに映し出してくれた。自身に与えられた名前、負傷していない旨、わかりづらい単位で記された身長と体重、闘人(レイズド)としての評価らしき値。

 そして発現した生体武装(グラフト)に〈深海抱擁譚クリノイディア・スクリプト〉という名が与えられていること。

「呑み込みが早いな」

「そう……かな」

 生体武装(グラフト)の名前に何度も触れてみるが反応はない。使い方を教えてくれる機能はついていないようだ。

 しかし自身の右目に大層な名が与えられていたことよりも、イゾラが肩を寄せるように近づいて同じものを見ていることが気になって仕方がない。

 戸惑っていた。フォグの小柄さとジンリンの女性的な顔立ち、そのどちらも持たない雄らしい雄であるイゾラ相手に、こんなにも色気を感じてしまっていることに。

 傷が癒えたばかりの引き締まった腹に触れてみたい。触感を確かめたい。よこしまな考えは視線に滲み出ていたようで、目が合った途端ににたりと不敵な笑みを浮かべられてしまった。

「ジンのエロい顔見て盛っちまった?」

「……それも少し……。あの、ジンリンさんはいつもああやってその、仲間と」

「おう、駒作るときは誰かしら捕まえてヤってるぞ。まあ誰彼構わずっつーのはあいつに限ったことじゃないけどさ。俺だって全員抱いたし、全員に抱かれた」

 モーリェは僅かに表情を歪める。嫌悪感よりもはるかに強く刺さる、それでいて得体の知れない感情が、胸の内で火を灯していた。

 彼の言う『全員』に自分が含まれていない、ということがどうしてこんなに癪に障るのだろう。

「気持ち悪いと思うか?」

「わからない……でも否定しちゃいけない気がする。僕も元々汚れた身だし、そう思えば思うほどきっと自分の首を絞める……」

「……そうか」

 少年がこぼす過去の断片を、イゾラは落ち着いた声で受け止めた。憐れむでも蔑むでもなく、ただそこにあることを認めるだけの一言で。

「ここにいる限り、どっから来たとか何者なんだとかを無理に訊いてくるやつはいないさ。そこに首を突っ込まないのが不文律だからな」

「……イゾラさんも、訊かれたくないの」

「ダメってわけじゃねえけど、話の種になるような楽しい育ちじゃねえしなあ。ここにいる奴らはどいつもこいつもそんなもんだ、故郷に帰りたくない奴ばっかの吹き溜まりなんだよ」

 死生匣(テラヴァイス)に映し出された仲間たちの顔に目をやる。今までに聞いた話を統合すると、彼らはみな何らかの重苦しい事情を抱えながら、突然の召喚によりそのすべてから切り離されたらしい。

 ここ数日で目にした生活環境は過激なものだったが、彼らは顔を合わせれば軽口を叩きあって笑顔を見せていた。早くその中に混ざりたい、と思う。体だけでなく心も故郷から遠のくことができるなら、それはきっと幸せなことなのだろう。

「イゾラさん、僕は」

「おう」

「みんなの役に立ちたい……早く肩を並べて戦いたいんだ。だから一から教えてほしい、厳しくたっていいから、とにかく早く」

 無意識のうちに詰め寄ってしまっていた。にわかに焦りだした気持ちが右目を疼かせ、目の奥がちりちりと痛んだ。

 イゾラは少しだけ身を屈め、視線の高さを近づけて諭すように応える。

「気持ちはわかったが、急いでどうにかできるってもんでもないぞ。俺はいろんなものにキレながら焦って遠回りした。弱んねえ程度にできることから一つずつやってこうぜ」

「……うん……」

「そうと決まれば次はアレだな、ご褒美だ! 一通りのことができるようになったら、何でも好きなもん用意してやるよ。何がいい?」

「えーっと……」

「秘蔵のうまいメシとか、エロ本とか。あとはそうだな、ジンにすごい服着せてセックスできる権とかどうよ。最近は抑えてるっぽいけどいつもはなんかもっと大胆だぞ、乳が妙にエロく見えるやつとか選んでくるし」

 それは勝手に用意していいのか、と言おうとして呑み込む。体を開く約束は、ここでは本当に軽々と行えてしまうものなのだろう。上半身だけを見れば美術品のように美しいジンリンは、さぞかし扇情的な光景を見せてくれるに違いない。

「えっと、ジンリンさんよりは、その」

 しかしそれでは物足りないと思ってしまった。モーリェが真に欲しいものは、してみたいことは、目の前に堂々と立っているのだから。

「イゾラさんと……したい」

 口にしてから、本当に遠慮なく言ってしまったことを後悔した。自分が欲情している旨を言葉にするのは、思っていた以上に恥ずかしいことなのだ、と実感させられる。熱に浮かされている最中以外で交わりを求めるのは初めてのことだった。

 イゾラは一瞬きょとんとした顔を見せたかと思うと、すぐに「マジか!」と軽い口ぶりで返し、顔を綻ばせた。

「ほー、そうかそうか、嬉しいなそれ! ……けど、優しくできる保証はねえぞ?」

「その体に優しさを求めるのはどうかと思う」

「正直だな!? まあ確かにその通りなんだけどよ……その代わり」

 音もなく伸ばされた触手がモーリェのシャツをめくりあげる。剥き出しになった、傷跡だらけの痩せた胸に、イゾラは異形の左手を添えた。

「ブッ壊しあう楽しさは教えてやれる」

 鋭い爪が肌を浅く切り裂いてゆく。真新しい傷に血の玉が浮かび、雫となってゆっくりと垂れていった。

「…………っ」

 モーリェの吐息に、にわかに熱が篭る。小さな傷を作る行為はイゾラなりの愛撫であると気付いた途端、急激に頭に血が上りはじめた。

 イゾラはそこに追い打ちをかけるように、ぐいと顔を近づけて唇を重ねた。咥内を丹念にねぶられたモーリェは、自らにできる限りの舌遣いをもって動きに応えようとする。しかし胸から腹にかけてへの刺激に気を取られ、自らの動きに集中できずにいた。

 皮膚をわずかに裂く痛みが、そして痛みに乗じて訪れたむず痒さが、思考能力を容赦なく剥ぎ取ってゆく。どうしようもなく、()い。

 イゾラはいつでも自分を殺すことができる。皮膚を切り裂いて臓物をぐちゃぐちゃに刻むことも、右手の刃で首を刎ねることも、彼にとって造作もないことである。そう意識してしまうと、体の芯から熱くなりとろけてしまいそうな心地になった。

 否が応でも自覚してしまう。モーリェという名と新たな体を得た少年は、イゾラに殺されたくてたまらないのだと。

「…………っ、は、ぁっ」

「ごちそうさん。続きは一人前になってから、な?」

 離した唇は名残惜しそうに銀の糸を引いた。イゾラはすっかり紅潮した頬にキスを落とす……と同時に、モーリェのへそに爪を押し込んだ。凶器はやすやすと皮膚を貫通し、腸を傷つける。少年は突然強まった痛みに顔を歪めながら小さく喘いだ。

「じゃ、さっそく治療のおさらいやってみっか。これくらいならほっといても治るけど試しにっつーことで……昨日は特に怪我もしなかったんだよな、たしか」

「しなかっ、た!」

 震える手でディスプレイに触れる。じわじわと身を苛む痛みは、これからの生活への期待と不安を煽った。はらわたにひとつ穴が開いただけで、雄の部分が容赦なく服を押し上げてしまう。もっと激しく身を傷つけられたとしたらどうなってしまうのだろう。

(こんなざまで本当に戦えるの……?)

 モーリェは自らの体に改めて戸惑いながら、少々乱暴なレクチャーの続きに取り組む。

 指導役はその後、産みたての分身を引き連れて帰ってきたジンリンに引き継がれた。しかしのちに再び指導以外の行い《せいこうい》に及んでしまい、死生匣(テラヴァイス)の機能を一通り教わるまでにはかなりの時間を要してしまった。

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