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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
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1-5 手取り足取り(1)

 この調子では仲間全員と体を重ねることになってしまうのではないか。それも早々に、惚れた腫れたのすべてを差し置いて、このおかしな環境という濁流に呑まれるように。

 モーリェの懸念は現実味を帯びつつあった。

「それでですね、この端っこの印をつつくと次のページを見れるんですよー。稀に一つ前の画面に戻ってしまうことがありますけど、それは商品の更新が入るからなので、またリストを開き直してあげると」

「うん」

 一行がベースキャンプとしている場所の上階、何らかの店舗だったと思しきフロアの跡に、彼らの主である死生匣(テラヴァイス)が浮かんでいた。

 死生匣(テラヴァイス)空間跳躍(リレース)時に自ら居場所を選ぶ。しもべたちがそれを動かすことはできない。

 モーリェと今日の指導役であるジンリンは、死生匣(テラヴァイス)を前に並び立って操作方法のレクチャーを行っていた。しかし丁寧な解説は少年の脳に染みず、頭を素通りして廃墟に散ってしまう。目の前の装置より、隣の(おとこ?)のほうが気になって仕方がなかった。

 すっきりとした輪郭の、女のような美男子だ。結いあげた長い髪を造花で飾り、裾がふわりと広がったロングワンピースを纏っている。闘人(レイズド)一行の紅一点と呼べそうないでたちだ。

 しかし澄んだ顔立ちとの対比を見せるように、スカートの裾からは八本の異形の脚が覗き、床に鋭い爪を突き立てて体を支えている。初めて彼を見たときはそのギャップに驚いたが、接してみると穏やかな物腰に再度驚くこととなった。

 しかしそれらに輪をかけて衝撃的だったのは、下半身が人の形を留めていない身体に、他でもない自分自身が性的に興奮できてしまったことだった。

「……まだ具合が悪いでしょうか?」

「いや! 大丈夫! だから!」

 学習に身が入っていないことは筒抜けのようで、ジンリンは心配そうな顔で教え子を見つめてくる。モーリェは力強く首を振る身振りでそれを否定した。

 相手の言う具合の悪さ、すなわち種子蟲(グラフタ)による発作(はつじょう)は既に解消している。つい先ほどまで空き部屋で二人まぐわっていたために。

「それならいいんですけど……何か困ったことがあったら気兼ねしないで言ってくださいね?」

 ジンリンはにこやかに告げたあと、突然きつく目をつむり、「んっ」と艶めかしい声をあげた。そして小さく息を吐き、また何事もなかったかのように話を続けようとする。耐え切れずモーリェが口を開いた。

「あの、正直そのお腹が気になって……勉強どころじゃない……」

 盗み見るように、視線を相手の腹部に滑らせる。今朝はほっそりとしていた下腹が、食べすぎや着膨れといった理由では説明がつかないほど大きく膨らんでいた。

 いつの間にか大きさを増し、気付けば腹が目立ちはじめたころの妊婦程度になっていたそこは、時折ぐにゃりと形を歪める。その動きに合わせて、ジンリンはわずかに甘い声を洩らした。興奮とともにある懸念が強まり、モーリェの背に寒気が走る。

「あっ……そういえばそうですよね! 普通気になるものね! あのこれは後々説明しようと思ってたんですけどまず購買網(レプライヤ)の使いかた教えなきゃって意気込んでたら忘れちゃって、ええと」

「先輩落ち着いて」

 すっかり失念していたという様子で、彼は恥ずかしそうに視線をあちらこちらにさ迷わせた。どうやら本気で忘れていたらしい。この状況をおかしいと思う者がしばらく現れなかったのだろう。

「話には聞いてるんだ、ジンリンさんが従えていた生物はそうやって自分で作ったものだって」

「そうなんですよー。こうやってお腹で急いで育てて……モーくんの子じゃないですからね?」

「あっうん」

 懸念は一言で叩き斬られた。この歳で、それも不気味な謎の生物の父になってしまったのかと、内心ひやひやしてる状態からあっさり解放され、体が軽くなったように思えた。

「確かに性交をトリガーとして発生しますけど、できるのは自主性を持たない分身なんですよ。これは私が念じた通りにしか動かないんです」

「子供……ではないんだね」

「はい、あくまで道具です。そうじゃなかったら、使い捨てられない」

 初めて会ったときのことを思い出す。ジンリンが従えた不気味な生物たちは、縦横無尽に動き回りイゾラを襲っていた。そのほぼすべてが切り伏せられてしまってなお、悲しげなそぶりを見せないということは、彼にとっては本当にただの道具なのだろう。

 異形の脚、そして子機を孕む機能をひっくるめて、〈懐胎(クイン=)せし(アラネア・)女王(ファンク)〉というひとつの生体武装(グラフト)の機能らしい。別々の生体武装(グラフト)を七つも発現させているイゾラとは対極の変化には興味があった。

「中ですごい動いてるみたいだけど、痛くないの」

「痛いですよ。でも、その……モーくんも知ってるじゃないですか、ここでの”痛い”はどういうことかって」

 ジンリンはそっと腹を押さえ、今にも消え入りそうな声で訴えた。恥じらう乙女のような素振りに、モーリェもつられて俯いてしまう。

 体の中から与えられる苦痛とは、そして共に生じる快感とはどんなものなのだろうか。想像は目の奥で種子蟲(グラフタ)が暴れ回ったときの()さとリンクし、一度は収まったはずの熱を再び揺り起こそうとしていた。

「とっ、とにかく事情はわかったから! 続きをお願いしたくて!」

「そうですね!」

「更新がどうとかのところから!」

「そうですね!!」

 気まずい雰囲気を振り払うべく大きな声をあげる。そして、

「童貞大決戦だなお前ら」

 唐突に背後からかけられた声に、二人揃って驚き振り返った。

「イゾラさん!?」

「えっ、ちょっと、はやい」

 静かに階段を上ってきたらしいイゾラが、「よう」とにこやかに左手を振る。その姿には四肢が揃っており、酸で焼け爛れてもいない。服と肌には返り血を拭いた跡があった。

「治療に……ではないですよね、シエロはどうしました?」

「あいつは下で日誌書いてるぞ。猿の群れに武器と飯盗られてすってんてんになっちまったんだよ、あとで日誌見といてくれ」

「それはまた厄介な……」

 渋い顔で呟くジンリンの隣を陣取り、イゾラはキューブに映る情報を見た。そしてモーリェの顔を覗き、鋭い歯を見せて笑う。

「感覚は掴めたか? ちょっと何か買ってみたらどうだ、俺にツケといていいから」

 おそらくは死生匣(テラヴァイス)の操作方法について話しているのだろう。少年は「いや……」と気まずそうに言葉を濁す他はなかった。同じく居心地の悪そうな顔をしたもう一人がその間に割って入る。

「レクチャーはこれからなんです」

「ん? 今まで何やってたんだよ、ナニをか」

 ジンリンが黙って頷く。その共犯者もまた隣で俯いた。

「あー、そういや植えたてだもんな……仕方ねえか」

 二人の事情が咎められることはない。行動を共にしている闘人(レイズド)たちは、程度は違えどみな性に明け透けで、営みを全面的に肯定していた。

 共に過ごした二晩の間に、彼らが投げつけあった下品な話題を、モーリェはしっかりと覚えている。心臓の損傷と緩やかな失血死ではどちらが気持ち良いか、などという常軌を逸した議論も含めて。

 未だその雰囲気に乗れずにいるモーリェの様子に気付き、イゾラは彼に歩み寄った。距離を縮め、耳元で囁くように告げる。

「やかましくて悪ぃな、今すぐとは言わねえからゆっくり慣れてってくれよ。俺らくらい雑になれりゃ色々楽になる」

「……うん」

「あとジンは乳首がすっっっげえ弱いから弄ってやると超よろごぶぐッ」

 異形の脚による一撃が、余計なアドバイスを強制的に終わらせた。爪がイゾラの脇腹を抉り、一部の内臓を突き破っている。滴った血がまた服を汚した。

「イゾラ、治療のおさらいしましょう?」

「……とまあ、この通りこいつは未だに照れくさがってくれる貴重なやつだからおもしっぐぇッ」

 二本目の爪がへそに深々と突き刺さる。イゾラは一瞬表情を歪めながらも、すぐにまた笑顔を見せた。明らかに懲りていない。対するジンリンも微笑んではいるが、こちらは目が笑っていない。

「わーったよ治療な治療! 目かっぴらいて見てろ!」

 むくれているジンリン、そして反応に困っているモーリェの前で、たった今負傷した男が死生匣テラヴァイスを操作する。前面に表示されていた購買網(レプライヤ)のメニューを抜け、他の項目を呼び出した。

 新入りは映し出される情報を読み込んでゆく。以前見た際は謎の記号でしかなかった文字が、今では母国語以上にすんなりと読めるようになっていた。

 仲間たち曰く、はじめて死生匣(テラヴァイス)によって再構築された際に、頭の中に直接言語を叩きこまれるらしい。インストールという概念を理解するまでには少々時間がかかった。

 イゾラは逐一解説を挟みながら画面を操作してゆく。治療を実行する旨の確認ダイアログをつついた瞬間に、ジンリンがタイミングよく爪を引き抜くと、血が噴き出す前に再生が始まった。床をさらに汚すことなく治療が成され、傷はきれいに消え去った。

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