劇場のスパイ
演劇の楽屋で台本の回収がされていた。
丸く輪になって並んだ出演者たちは、真ん中にいる劇場の職員に一人づつ台本の返却をしている。
台本は機械でいえば設計図のようなものだ。演出家の考えた英知の結晶。それは演劇が終わった後まで持たせることはなく、必要なくなったら回収して処分をする事になっている。
次々に自分に渡された台本を返していくのだが、一人の女性の手元には台本がなかった。
「なくしました」
悪びれもせずに言うその女性。
「そこらのゴミ箱でもあさってらっしゃい」
劇場のスタッフのそう言うその女性。
「捨てたのですか?」
「用がなくなったらすぐに回収なさいよ。私を誰だと思っているの? あんなの二日でマスターしましたよ」
彼女はこの劇場の看板女優だ。彼女を目当てにやってくる客も多く、一回公演をするごとに、部屋が一つ埋まるほどの花束が贈られてくる。
その彼女の本性がこうであると知られると、劇場にとっても大損失であるため、周りがフォローを入れて、この事を外にバレないようにしているくらいだ。
「とりあえず、今度は紛失しないようにしてください。使い終わったら連絡してくれれば回収に向かいますので」
鼻を鳴らしてそれに返事を返す。
それから他全員の台本が返される。
「これでよろしいかしら?」
その大女優は自分にあてがわれた楽屋に二人で戻った。
「本当にありがとうございます」
大女優と一緒にこの部屋に入ったのは、一人の新人の女優だった。
「私の母に、私はこんな事をしているよって……頑張っているよって……」
「泣くくらいなら言わなくてもよろしい」
新人の女優は、何度も頭を下げていた。その子の頭は優しくなでられる。
「両親をこちらに呼べるくらいの女優になるまで泣くのはやめなさい」
女優は彼女のひたむきさに惚れて、目をかけているという状態だ。
彼女の身の上話も一心に聞き、彼女の稽古に付き合ったりもしていた。
周りからも、彼女らの関係は知られている。腰巾着とか、取り巻きとも言われている。二人の関係の本当の姿は、二人がわかっていればいいと考え、そんな醜聞には耳を貸さずにいた。
「見つからないようになさいね」
彼女は服の下に台本を隠すと、大きく頭を下げてその女優の前から去っていった。
「台本を入手したね」
その新人の女優は、スパイだった。
ロドムは人の多い公園で、堂々とスパイが持ってきた台本を受け取った。
今は中身を見て、感心して目を細めている。
「これはまたメモがビッシリだね。参考になりそう」
台本には自分の役をこなすうえでの注意などが書かれていた。これは、自国の演劇の発展の、大きな足掛かりになりそうである。
普段は高飛車な態度をとるあの女優だが、見えないところの苦労も多い。
それを他人に悟られるのが嫌で、隠しながら第一線で戦っているのである。
「これからも台本を手に入れてきてくれ。だが、バレそうになるようなムチャはしないように」
「心得ている」
「釈迦に説法だったか」
スパイは慣れたものである、新人女優のフリをしたスパイは、無表情で返してきた。
ロドムはワームホールに入って消えていき、スパイも何事もないようにして劇場に向けて歩んでいく。




