音響学
「音響学だと?」
あのお触書を見てやってきた者がいた。また女。しかも、修学していた学問は、音響学なのだという。
「えっと、音響学ってつまり何をする学問?」
テルシオも聞く。名前を聞くのも初めての学問だ。この世界に無意味な学問などないと言ったテルシオだったが、今となってはその言葉を撤回したくなってきた。
「音を聞いたとき人はどう感じるかとか、音の空気での伝わり方の法則とか……」
この世界ではミッツアと名乗っている彼女は、大学に入りたいだけという理由で音響学を学び、就職もまったく関係のないところに入ったのだという。
「何の役に立つんでしょう?」
「自分から言うかい」
王もたまらずに言う。
「あの。いいでしょうか」
レイフェが言う。
「お話を聞く子も多くなってきて、遠くの方まで聞こえるようにメガホンとか作ってほしいなって……」
「そのへんの紙を丸めて作ってくれ」
あきれ顔で王が言う。その通り。それですべて解決する話だ。
「そうですよね……」
レイフェもフォローのつもりだったのだろうが、これはお粗末すぎる。メガホンを作るだけの人間となれば、食客にするというのも無理があるので、王宮にも置けない。
「今回はさすがに帰ってもらうかな……」
テルシオも苦々し気にしていう。
「ですよね……」
ミッツアも最初からそれを覚悟していたようで帰り支度を始めた。
「待って!」
レイフェが言う。最後のフォローの言葉だった。
「演説台とかどうかな?」
王の言葉を皆に伝える演説をする場所を作ってはどうかというのだ。
王もテルシオも、そんなもの必要ないとは思っていたが『まあ、やらせてみるか』という結論になって兵士を数人ミッツアに預けた。
ものの一時間で演説用の台は作り終わり、そこに立った王は目を細めた。
「劇場って感じだな。懐かしい」
「音響学ってこういうふうに生かされていたんだ」
日本にいたころの学校の体育館にあった舞台そのものである。あれも何か理由があってあの形になっていたのだと思うと、なるほどと思う。
「えーと……とりあえず効果を検証してみる?」
テルシオは言う。テルシオは舞台の向かいの奥の方に向かう。
この広間は広さが三十メートルあり、ミッツアが言うには学校の標準的な体育館と同じサイズなのだという。
「いいぞ! 演説をしてくれ!」
三十メートル先にいるテルシオが合図をする。
「あー! なんたらかんたら!」
王が適当に言葉を並べるとテルシオはうなずく。
「確かによく聞こえるような気がする!」
テルシオは言う。
「で? だからなんだ何か役に立っているのか?」
「それ言ったら身もふたもないだろう!」
確かに演説はしやすくなっただろうが食客として置く言い訳は思いつかない。
「ならこういうのはどうです?」
レイフェは檀上に上がる。
両手を胸の前で組んで、大きく息を吸い込んだ。
「歌か」
そう言うと、レイフェは止めた。
「そうです。コンサートホールにするんです」
コンサートホールの設計。建物を作るのだから、数か月は時間を稼げるだろう。とりあえずそれを理由にして食客として置いておくことにした。




