ノウヤク
透き通る青空の下、デイナは平野の風を受けていた。周囲にはいっぱいに田園が広がる。ここはこの国でも無二の小麦の産地だ。まだ小麦は青々としていて、草原のような涼やかな風景が広がっているが、少し時間が経てば、この一帯は、黄金色に染まっていく。
「行きなさい!」
デイナが指示を出すと、黒いゲートの中から無数の虫が飛び出てきた。
これだけの数がいると、虫の『ブーン』という羽音も大きく聞こえてきて、耳障りこの上ない。
その虫は、畑の方に飛んでいく。
肉食性の虫だ。その虫はこの畑にある害虫を狙って飛んでいく。
今デイナがやっているのはただの畑の害虫駆除だ。虫の魔法にはいろいろな使い方があったが、まさか、畑仕事にも使えるとは思ってもいなかった。
魔法をこんな事につかうなんて、ふつうは考えない。ロドムの発想には舌を巻くばかりである。
「デイナ様……ありがたや……ありがたや……」
虫を操るデイナに向けて、この畑の持ち主の老人が、後ろの息子夫婦と思われる二人組、そのさらに子供と思われる三人の子供を従えて、手を組んでデイナに祈りをささげていた。
「そんな……私はただのロドム様の使いだというだけです……」
神様のように拝まれるなんて、自分には似合わない。本当に偉いのはロドムだ。まさか虫の魔法にこんな使い方があったなんて……
ロドムの毒の魔法で害虫を殺す事も試したらしい。しかし、毒の魔法を使うと、作物も一緒にダメになってしまったという。
だが、つかむものはあったようで、同じ闇の魔法の使い手を探して魔法に改良を加えて再チャレンジをしている。今の現状はそうらしい。
「ロドム様も偉大な方とは思いますが……やはり、平和な時代にはあの方の才能も……」
老人は言う。
確かに、この平和な時代に徴兵だの強兵だのに力を注いでいれば、民衆のイメージも悪くなる。
この村にも徴兵で駆り出されて、恋人と離れ離れになっている若者もいるというのだ。
「戦争なんて、貴族が勝手にやってればいいのにってじいちゃんが……」
「こら! デイナ様には言ってはいかん!」
子供の一人が口を滑らせる。デイナは笑ってその言葉を許した。
民衆は勝手だ。権利を求める癖に義務はとことん嫌がる。
今の国民主体の国家が成立しているのは貴族が戦争に参加する事がなくなり、権力の後ろ盾を失ったからだ。
結局貴族は『俺たちがお前たちを守ってやっているんだぞ。生かしてやっているんだからお前たちは俺たちに奉仕しろ』という大義名分を持って民衆の支配をしていたのだ。
それがなくなった今、民衆自身、自分の身は自分で守る必要が出てきた。
そのための徴兵制度だ。
ロドムのその言葉に、デイナも納得できた。だが、これは民衆に説明をしてはいけないとも言っていた。
結局民衆は論理的な考えなんて持っていない。自分の明日のメシの事しか考えていない。どれだけ、論理的で必要な理由があろうと、結局自分の不利益になれば賛同はしない。
誰かが引っ張ってやらなければならないのだ。
「ロドム君……最近農業の事ばっか考えてる……」
それに、ロドムは行商人が持ってきた、あの『虫を追い払う不思議な粉』の事を見て、思いっきり驚いていたのだ。
「ノウヤクとか言っていたっけ? あれってそんなにすごいものなのかな?」
『これがあれば農業が変わる』とか『食料の生産は国の基盤』とか難しいことを言っていた気もするが、デイナには実感は全くない。
自分のやっている事が、そこまで重要なことであるとは、デイナもまったく感じていなかった。




