フェリエの意思
もう限界だろう……
ついさっきまで、あっけらかんとした顔をしていた敵の騎士達は、そろそろ深刻そうな顔をし始めた。
お互いに怒鳴りあうようにして話し合っている。
「まだまだいけるぜ! いつでもきやがれ!」
俺の背後からの威勢の良い会話。村の若者たちは、度重なる勝利でいきづいている。この状況で撤退をしようなんて言っても、取り合いそうにない。
だが、これからは向こうも本気だ。早く逃げないといけない。
「みんな、聞いてくれ! これから敵は総攻撃を仕掛けてくる!」
デイナの虫が見ているものを見ると、完全にここは危険だ。今のところ、話し合いは難航しているようだ。今なら多少は時間が稼げる。今のうちに逃げればみんな助かるのだ。
「もうもたない! 今すぐにでも逃げるべきだ!」
村人たちは、不思議そうな顔をしている。これだけ勝ちが続いているのだ、自分達に危険が迫っているなんて全く感じないのだろう。
「なんで? 勝っているのに?」
村人の一人の発言に俺はイラつく。戦争というものを全く分かっていない。今は勝っているから次も勝てるなんて保証はない。
「ヤバいと思ったころにはもう遅い! これくらいが限界だ! 早く逃げないと僕らの命はない!」
俺が必死に説明をしているというのに、まったく今の状況を分かっていない。
サボナ……あのじいさんはどうだ? 奴が言えば村の奴らも聞くかもしれない。
「おい、じいさん……」
「そんな話しないぜ。俺はここで死んでも悔いはないしな。辺境の村で、老化でおっちんでいくなんて、望まねぇ。こういう死に方の方がマシだ」
「それなら一人で死にやがれ」
サボナは考えている事を、完全に理解している。俺はてめぇの心配をしているわけじゃねぇんだよ……
「だがよぉ……なんて言うんだ? どうすりゃ今のヤバさを説明できるんだ?」
サボナはこの状況で、ニヤニヤ笑っていた。
自分の命など、まったく気に留めていない。言葉通り、ここで死ぬつもりなのだろう。
「ヤバくなんてないだろう? それにロドム=エーリッヒよぉ」
村人一人の俺に向けた品のない発言。このヤロウ……俺の事を呼び捨てにしやがった。どんだけ調子にのってんだ……まあ、話の続きを聞こう。
「あんた、ヤバくなったら一人で逃げるつもりなんだろう? そんな奴に、俺達の行動を指図されるいわれはねぇな」
騎士達に勝つため、指揮には従うが、俺の言葉を全部聞く気はないという事……
「お前は俺達の上司じゃねぇしな」
トドメのその言葉。その言葉はごもっとも……
と言っても、彼らを見捨ててもいいという理由にはならないだろう。どうすれば説得できる……?
まあ、こいつの態度にはイラつくが、どうせ死にそうになったら、俺に『なんとかしろ』だの言ってくるのだ。
『お前ひとりで逃げるのか! 俺達を見捨てるのかよ!』
危険になったそんな事だのを言い出すのが今から想像できる。人間なんて、勝手なものだ。
「そんな事絶対に言わねぇよ!」
俺の考えは口から出ていたようだ。村人が不機嫌そうにしてくる。
「だろう? 俺達は自分の未来くらい自分で決めるさ。お前の指図なんていらねぇんだ」
こいつは威勢がいい。サボナは、さらにニヤニヤする。
『あと一回……そうすれば危険なのも分かるだろう』
というか、それに賭ける。彼らは、どうにもならない状態になって危険を感じないと動かないのだ。
どうにもならない状態の一歩手前まで危険にさらす……彼らに危機感を感じてもらうには
それしかない。どうにかして、水際で踏ん張る。それを上手くやるのが指揮官の役割なのだろう。
『ロドム君ダメ。今じゃ逃げる事なんて考えてない』
フェリエはレイティエルにぶら下がりデイナからの通信で、顔色を曇らせた。
「間に合えばいいのですが……」
フェリエはそれから、レイティエルの事を見上げた。
「全速力ですよ。マスターの指示ですから従います」
言葉を聞くまでもないという事だ。フェリエが何を言いたいか? レイティエルは分かっている。
フェリエには、すぐさま、敵の騎士達が固まっているのを見つける。このまま一網打尽にすることもできるのだが……
そこに、デイナが一考をしていた。
『ギリギリまで待てない? ロドム君……さっさと逃げればいいのに、ここまでネバるなんて……』
ロドムに危険を感じてもらって、危なくなったらすぐに逃げる事を覚えてもらわないといけない。
そのため、ロドムの眼前に危険が迫るまで、助けるのをまつべきであるという話だ。
「いいでしょう……」
ロドムに責任感があるのは結構だが、それが美徳になるのは命があって初めてというもの。
責任感に押しつぶされて、命を落とすような事になってはいけない。
「ギリギリまで待ちますよ。ここを旋回しなさい」
フェリエが出す命令。レイティエルは山の上をグルグル回りだした。
ロドムはフェリエの様子に気付いていないようだ。山の上から見ると、ロドムと敵の位置関係が見える。敵は全員で固まって、ロドム達を襲うつもりのようだ。
「ピンチに、さっそうと現れて、ヒロインを助けるなんて、さながらおとぎ話の英雄みたいですね」
言葉の内容とは裏腹に、面倒そうな顔のフェリエ。
フェリエは事の成り行きを見守った。
「やっぱり来た!」
俺は予想通りの光景に出くわした。
敵の数は五十前後、いままで相手にしてきた敵の五倍の数。
クロスボウがあったとしても、敵を全部倒すには至らないだろう。村人たちは顔を青ざめさしていた。
こうなるのが予想できていたのに……
俺は無力だった。助けることのできる彼らを、こんな形で殺してしまったのだ。説明が足りなかったのか? もしかしたら、フェリエでも呼んで、力ずくで村人達をここから追い払った方がよかったのかもしれない。
だが、……みんなが死んだわけじゃ……
最後の望みもないわけじゃない。俺の頭はそれからすぐに、この状況を乗り切るためだけに、頭を働かせた。
「全員先頭の敵を狙え!」
怒声に、村人たちは、われに返ってクロスボウをつがえた。
まだ、死が決まったわけではない。諦めても最後まであがいても、結果は同じなら、ヤケクソになって、戦う事を選んでもいい。
少なくとも、今の俺はそう考えていた。




