お風呂と世界
こんなシチュにありつけたら、前の俺だったら狂気乱舞していただろう。だがなぜか、何もこみあげてくるものがない……
だってそうだろう? デイナは確か十四歳。そんな子と一緒になってお風呂に入れるなんてシチュに出会えたら、発狂ものだ。
今、俺は、頭に石鹸をこすりつけられている。だって、この世界にシャンプーなんてないもんだから。髪を洗うには石鹸しかない。
いくら王宮といえど、水は貴重で湯を沸かす薪も貴重。王宮の人間でも三日に一度、浴場に入れればいい方だ。
だが、俺はこっそり入っている。
実は自分用の一人用の風呂釜を職人に作らせていたのだ。そこに、薪で湯をくべて、みんなに隠れて湯を楽しんでいた。
なんでみんなに教えないのかって?
この世界はまだ衛生面の整備がロクにされていない。
何人のもの人間がお湯を使いまわすとする。だが、その中の一人でも、何かの病気を持っていたら、その病気が後に入った人にも感染をしてしまう。
今の世界でも西洋では、一人入るごとにお湯を入れ替えている場所もあるのだ。昔、ペストという病が流行って、全人口の三割が死に絶えたという過去があるため、その慣習が残っているのだ。
まあ、あの頃の西洋は糞尿を窓から放り出して捨てていたり、ネズミの駆除も満足にしていなかったり、衛生面の管理がとことんされていなかったから広まったというのもあるが……
「ロドム君って前にお風呂に入ったのはいつぶり?」
浴場に置かれていた猿の腰掛に座る俺の後ろでデイナが言ってくる。
「そうだなー……かれこれ三日ぶりくらいかなぁ……?」
毎日入っているなんて言えないから、そう嘘をついておく。
「だけど、お風呂に毎日は入れればいいと思わない? ロドム君はなんか汚れないんだけど、みんな臭くなっているんで、香水で匂いをごまかしていたるするから、逆に臭くなったり……」
それを聞くと、やっぱり文明レベルの低いの世界なんだなぁと、実感する。
「お湯も水も貴重だしね。っていうか、そもそもこの浴場を利用しないといけないっていうのがおかしいと思わない? 一回入るためにこんな量の水を使っていたら、お湯も足りなくなるってものでしょう?」
この水は俺とデイナが出たら捨てられる。辺りを見回すと、小さな家位の面積がある。こんなに水をそれこそ湯水のように使っていたら、足りなくなって当たり前だ。
しかも、この水は川の水を使っているって考えると、あんまり長く浸かりたいとは思えない。
だって、この王宮の上流にも町や村はあるのだ。村の人間がパンツの洗濯なりに使った川の水がそのまま流れてきているのだ。その水を飲み水にしている。そう考えると、いますぐこの浴場からあがりたいきがする。
まあ、考えないようにしているけど……
「上水道って建設できると思う?」
「なにそれ?」
俺の質問に、デイナは疑問符を浮かべて答える。
古代ローマでは、川の上流の水を流して町に送る上水道が作られていた。それの建設をしてほしいものだ。
ただし、この世界の建築技術を考えると、ローマ式の上水道を作り始めても、完成するまでは十年以上かかるだろう。
俺はそんなに気が長くない。そんなプロジェクトに、言いだしっぺとして関係するのは御免だ。
「久々のお風呂なんだから、これから一時間くらい浸かっていよう。三日に一度の心の洗濯だからね」
「一時間って……どんな苦行だよ……?」
そんなに入っていたらのぼせるだろう……それに今はゆっくりとお湯に浸かっているような時間はない。敵がいつ動き出すかわからないのだから。
「動きがあったらすぐに教えるって、ちょっと見てみる?」
デイナは俺の事を背後から抱きしめた。
背中に胸が当たってる……デイナのスベスベの肌の感触がなんともいえない……
なんてことはない。このシチュでも、何もこみあげてくるものなんてない。齢十歳の子供の体が憎い……
「そろそろ、動き出してもいいんじゃ……?」
兵達は今酒を飲んでいた。村に残っていたブドウ酒をみんなで分け合っている感じだ。行軍を始める気配なんてない。
「まあ……私にはよくわからないけど……この状況で無理して出ていくのも強行軍なんじゃないかなぁ……?」
ん? 何だ? このデイナの言い方……? 何か隠しているかのような言い方だ。
「敵の数って十万を超えていたんだよ……見る限り、一般兵も一緒に葡萄酒を飲んでいるし……十万人の人間にいきわたるほどの葡萄酒の備蓄が、あんな小さな村にあったのかな?」
「ロ……ロドム君……余計な事は考えなくていいんじゃないかな?」
デイナの言いよう……絶対に何かを隠している。
「これは『時間稼ぎ』だな? 誰の発案だい?」
考えるとこの結論に達した。
あの村にそんな量の葡萄酒なんてない事を前提に考える。となると、あの兵団に葡萄酒を渡した人間がいる。
しかも十万人分なんていうべらぼうな量だ。
「フェリエにちょっと話ができたな……」
俺達の中で、そんな量の酒を用意できる人間なんて、巨大な商家の娘のフェリエくらいだ。
「フェリエちゃん……! べつにあの子は何もしてないよ!」
デイナの反応も分かりやすい。両手をブンブンと振り回して、必至で否定している。
「時間稼ぎをするならするで、教えてくれればいいのに、俺だってできる事が増えるから……」
「そ……そうだよ! それが問題なんだよ!」
デイナは俺を後ろから抱き寄せてきた。相変わらず背中にデイナの胸のやわらかい感触があたる。
ちくしょう……やっぱり何も感じない……子供の体が憎い……
「ロドム君ってさっきの村で住人を守るために、魔力切れをするまで頑張っちゃったんでしょう? 魔力切れなんて、体に良くないにきまっているんだし、子供の頃からそうしょっちゅう魔力切れを起こしていたら将来が楽しみな事になるじゃない?」
なるほど……俺が休むだけの時間を用意しようと思って、敵に葡萄酒を渡したと……
筋は通るが……なんか納得できないな……
「とにかく、そこまで分かっちゃっているならしっかり休むこと。フェリエちゃんの気持ちを無駄にしちゃだめ」
それを言われると返す言葉がない……俺はデイナに導かれるままに、また湯船に浸かった。




