変わったテルシオ
それから聞いたテルシオの話は、俺には信じられないものだった。
テルシオは王宮内では、皆から嫉妬のまなざしを受けていて居場所もないものだと思っていた。
王宮内の不満分子の排除の仕事も誰かの命でやらされているのだと思っていた。
だが真実は違うらしい。
あの学院戦で負けたはずのテルシオは王からの重用を受けていた。テルシオの事を怒りの向け先にしようという誰かの策略だとばかり思っていたが、テルシオは俺の知っている頃と比べてかなり変わってしまっているようである。
貴族の不正を暴き地位をはく奪された貴族の財産をすべて押収しているようである。その金を使ってテルシオは豪遊をしている。
テルシオの周りには何人もの侍女をはべらせる。その侍女達というのは取り潰しになって行く場を無くした貴族の娘達も多いのであるという。
彼女らは使用人という卑しい身分に落とされ、テルシオの事を恨んでいるもののテルシオに対抗するような力は持ち合わせておらずテルシオに従う事を要求されていた。
貴族達などおごり高ぶった人間たちの集まり。たたけば必ず何かの埃が出るような者ばかりだ。
テルシオに取り潰しになれる事を恐れ、テルシオに逆らう者は今はいなくなっているのだ。
それにテルシオに逆らう気もなくし、むしろテルシオに言い寄ってくる者も多い。その者達は厚遇をしているという。
『完全に腐った権力者だ』
そう思う。だが自分も人の事を言えた立場ではないのだがな。
成り行きで仕方ないといえど俺は思ってもいない事を言い、平和路線を貫くふりをして、女王に取り入っている。面白く思わない貴族だっているはずだ。むしろ親衛隊達からは完全に目の敵にされている。そういう点では俺もテルシオも同じ穴のムジナだ。
「ですが決定的に違うのは、テルシオは国の中枢の人間で我々はこの国のつまはじき者であるという点です」
ありがとうシィ。あんまり考えたくもない事を、ズバズバと言ってくれて。それは悪条件の一つでしかないけどな。
「目をそらしてはいけません」
まあ、そのとおりだよ。クソッタレ。
「主人に厳しい事を言うことができる者こそが本物の忠臣ですよ」
言いたいことは分かった。だが今は黙ってくれ。テルシオの軍隊をどう迎え撃てばいいかを考えないといけないから。
現状使える兵力は父の隊の千人程度と俺の隊の二十人程度だ、真っ向勝負などできる数じゃないし、俺の隊についてはまともな訓練もしていない。
テルシオの数そして練度。装備、馬の数。これらを逐一調べないと戦う事など全くできない。
デイナからの情報が頼りである。早く蟲の魔法を使って敵を探ってほしいところであった。
「手筈は分かっているな?」
テルシオは馬に乗りながらそう言った。
今テルシオは十万を超える軍隊の指揮をしている。もうここは敵の領内であるため敵がいつ攻めてきてもおかしくはない。
「まあ、どう考えても襲ってくる事はないだろうが」
テルシオはこの状況を見てそう独り言を言った。
その言葉が聞こえているはずのテルシオの周囲の大貴族出身の参謀達は、テルシオの言葉にまったく興味も寄せていなかった。
下手な事を言ってテルシオの機嫌を損ねるのを嫌っているのである。テルシオは自分達よりも何倍も先を見ている。自分の考える事など何をとってもテルシオからしたら愚考だ。
参謀達の役目はテルシオのご機嫌伺いである。テルシオが気持ちよく指揮をする事ができるように環境の整備をするだけである。
「作戦箇所はこの先だ。作戦通りに動けよ」
テルシオは十万もいる自分の軍を振り返ってみた。
この時代、司令官は陣頭に立って兵士達を指揮しないといけない。司令官が安全な場所から指示を飛ばすだけの時代はもっと先の時代だ。
だがテルシオが今乗っている馬の隣には高級そうなソファーがある。それを馬車を使って引いているのだ。どこかに陣を構え座る事ができるようになった時、そのソファーに体をうずめながら指示を出す事になる。地面にしくための赤い絨毯。ワインとワイングラスなど数々の嗜好品などもそろえてある。
それらを見るとテルシオがどのようなスタイルで味方の軍に指示を出すのかが、想像できるというものだ。
どう見ても兵士の事を見下しているような姿になるのは想像に難しくない。
「この大軍の、一番の弱点は補給だ」
テルシオはふんぞり返りながら言う。隣で馬に乗るテルシオの取り巻きはコクリと頷いた。
十万もの兵力で戦闘をするの理由は単純に敵に敵わない事を分からせるためだ、この大軍を見れば敵も戦意を無くして降伏をするだろう。
それは、敵が普通の敵ならばの話だが。
「あいつはそんな事で引くような奴じゃない」
ロドムと戦ったテルシオはそう考える。
ロドムはあの移動の魔法を持っている。逃げようとすればいつでも逃げられたはずだ。学院戦で自分ひとりで逃げる事を選ばなかったのに、彼の性格を見ることができる。彼は甘いのだ。自分一人だけでも逃げ延びるという選択を取る事ができないくらいに。
女王の暗殺を止めた時も自分が間違っていると勘違いし、スタコラと魔法を使って逃げたのだという。そういう話も聞いている。
テルシオが送ったあの暗殺者の話を伝令から聞いたテルシオは、暗殺に失敗してよかったと思った。
あの女王がいるから王宮に不満分子が生まれる。そこに付け入る隙ができる。テルシオの買収が簡単に成立した事もその理由が大きい。
「あいつだけは目の前のたんこぶだ」
学院戦で、軍師の才能を見せつけたロドム。彼だけはどんな状況でテルシオに歯向かってくるだろう。
この状況を打破する方法は何かと考えると、この大群を維持するための補給であると、テルシオは考える。
補給隊を襲いテルシオの兵士達を飢えさせる。そして撤退を選ばせる。この人数差を覆すためにはその方法しかない。
テルシオは補給部隊を襲うのに一番襲いやすい場所に兵士を先行させて潜伏させてある。ロドムは必ずあの地点で補給隊をおそうはずだ。
ロドム達が補給隊を襲うためにその地点にやってきたら、ロドムの事を彼らが返り討ちにするのだ。
「君の考える事は読んでいるよ」
この状況ではこの方法しかない。テルシオはよくわかっている。敵の行動の先を読み、それに対策をするのは戦術の基本だ。
この作戦が成功すれば、学院戦でロドムに負けたのを払拭することで汚名を返上できるのだ。
そうなれば王宮内での自分の地位も確固たるものになるはずだ。
テルシオはそう考えている。




