父の策謀
「ロドム様」
俺が自分の部屋に戻ると血相を変えたフェリエがいた。
俺の後ろにはネリフスがいる。俺自身が思いっきり血相を変えたのはそれを見た瞬間だった。そして、俺に食いつかんばかりに迫ってきた。
「もう教えたのか? いくらなんでも早すぎる」
一緒に俺の部屋に戻ってきたシィに向けて言う。
あれは簡易ながら、俺とネリフスの結婚式。
俺は直帰で部屋に戻っている。シィはずっと俺と一緒にいたのでフェリエに教えるような時間はなかったはずだ。
「使用人の事はいいでしょう! よりにもよって! ロドム様の事を疑っているこの女を!」
俺をビシリと指さしながら言うフェリエ。フェリエはネリフスを指さした。
「障害になるなら、お前から」
ネリフスは剣を抜きながらそう言う。装飾をされた儀礼用の剣であり、刃はつぶされているが、それでも人を殴ったら結構痛いはずだ。
だからといって、ネリフスがフェリエに勝てるはずがない。
「私は私の任務をまっとうするだけだ」
「ほら! 任務とか言ってます! 絶対にロドム様に取り入ってきたのには裏があります!」
しかしフェリエもここまで怒るとは。大人の修羅場にも負けないくらいの修羅場だこれ。
「そうだね。ネリフス。任務ってのは何の事かな?」
「なっ。答えると思うのか?」
「なっ。とか言ったよ」
この分かりやすいネリフス。裏があるとは当然感じていたが、やはり何かあるらしい。大体想像はできるけどな。
「なら私が言いましょう! あなたの結婚などはただの体面でしょう? 本当は、ロドム様の様子を逐一、女王やロドム様のお父上に伝える役目なのでしょう?」
「なっ。いやいや言うと思うのか?」
だから『なっ。』ってなんだ。
あきらかに動揺をして首を振ったネリフスは言う。俺はその光景を見て二つの事を思った。
まず、フェリエも思慮が深くなったなぁって事だ。前までのフェリエなら俺に掴みかかって適当に痛めつけ、その後にネリフスに勝負でも挑んでいただろう。
そんな事になったら女王から賜った花嫁に対して随分な扱いをするという事になる。これは王宮を締め出されてもおかしくないことだ。その辺をフェリエも考慮しているのだろう。
次にこのネリフスが昔のフェリエみたいに思慮が浅い事だ。たぶん、騙そうと思えばいくらでも騙せる。
ネリフスをだましたとしても結局向こうには父がついている。ネリフスを通して俺の考えを読み取り、逆に手玉に取られる事だって考えられる。
俺だって万能じゃないし上には上がいる。
俺も父のような人脈を持っていてネリフスみたいないい『駒』を手に入れる事が出来さえすれば、父の事を手玉に取る事もできるかもしれない。
そんな事を考えている間にもフェリエとネリフスの様子を見る。二人は火花が飛び散りそうなくらいにお互いを睨み合っていた。
俺から見ればお粗末な頭脳バトルであるものの、これもフェリエが思慮を手に入れた証拠でもあるのだ。
「まあ、ボクが普段どおりに、品行方正で清廉潔白な行動をとってさえいれば何も問題はないはずだ」
そう俺が言うと、後ろのシィは「プッ」と笑った。
そこで笑うな。
まあ、シィが笑おうと笑うまいと結果は変わらなかっただろう。
フェリエはとてつもなく俺の事を信用していなそうな、俺の事を疑う目で俺の事を見た。
ついでにネリフスは声まで出した。「あぁん?」そう言ったのだ。まるでチンピラの切れ方みたいな怒り方だ。
「二人は何か誤解をしているようだ。私は君らが思っているような卑劣な男ではないよ」
こうなりゃヤケだ。言った俺自身の歯が浮くような言葉を口にした。ニコリと笑いながら言ったつもりなのだが、シィはまた「プッ」と笑った。
ネリフスとフェリエは全くおんなじ反応をした。俺の事をひと睨みした後俺に背中を向けて「けっ」と言ったのだ。
「エーリッヒJrの部隊人員はまだ四十止まりか」
俺は報告書を見ながら言う。いまは夜。俺の部屋は昼間アイスを作る時の器具が部屋の隅に押しのけて片づけられていた。
俺の部屋から星の光はいっぱい見れたが、それでは足りずランプの小さな火の光を頼って書類を呼んでいた。明るさはこれくらいでは足りない。電灯がない部屋での書類仕事。こんな事をしていては完全に目が悪くなる。
本当に元の世界での文明の利器は偉大だったのを痛感する。今更になって電灯を発明したエジソンはすごい人間だったんだなぁ。と、考えていた。
俺はいまこの国で起こっている状況を思い出した。
「これは騎士達だよな。女王が死んで得をするのは騎士たちだけだし」
今は平和路線の外交をしている。昔、日本ではこのような外交を『土下座外交』と呼んでいた。そりゃ騎士達の立場からしたら面白くないだろう。
「いいところに入ったね」
俺の父が、ノックもせずに部屋に入ってきてそう言い出した。
「この国の行く先をロドムに占ってほしくてね」
俺は占い師じゃない。まあ、だが父の言いたいことは分かる。
「この国は食われるよ」
「やはりなぁ。あの女王の政策は平和路線というよりも敗北主義路線と言った方が正しいと思うよ」
「そして、ラルファル帝国には鍛えられた精鋭たちがいます。この国がラルファルに飲み込まれたら僕らはお役御免です」
俺が言う。父はその言葉に俺の事をギロリと睨んだ。
「私がそんな事をするとでも?」
俺の言いようを聞くと「すぐにでもラルファル帝国についたほうがいい」とでも言いたげな言葉に聞こえるだろうし俺は半分はそのつもりで言った。
「みんな、お前みたいな愛国心などかけらもない者とは違うんだ」
怒られてしまった。俺の父とて生粋の武人。この国を守るために命をかける人間だというのを忘れてた。こういう事で怒るんだな。
「失礼しました、お父様」
俺が言うと父はまたギロリと俺の事を睨んだ。
「お前に愛国心があれば、こんな事はしないでよかったんだがな」
俺が愛国心に燃えてこの国のためには命をかける覚悟なら、こんな事はしなかったと。いまそういうお説教はいいや。
「だが、そんな人間ばっかでもない。地位を求める者や金を求める者なら扱いやすいが」
俺のように、地位も求めず、金をちらつかせても効かない、何で釣ればいいかわからないやつは特に扱いにくいわけね。
俺と父の会話はいつもこんな感じだ。お互いの言葉の裏にる考えを分かっている。だから、他の人間がこの会話を聞いたら、何を話しているのかさっぱりだろう。
「何を言いに来たんですか? お父様?」
俺は聞く。父は俺に向けて頭を下げた。
「この国を救ってくれ。お前ならできるだろう?」
「保証はできないけど」




