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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第1章 地獄の果てで、出逢ってしまった
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7/55

⑥

それから、十年の月日が流れた。


私は離れから本宅へ移され、そのまま屋敷で暮らすことになった。

日々は勉学と花嫁修行に費やされる。


礼儀作法、舞踏、語学。

誰から見ても“申し分のない花嫁”になるための教育。


けれど——


その生活は、決して恵まれたものではなかった。

むしろ、形を変えた地獄だった。




「貴方のせいで、私はジョセフから愛してもらえない。」


鋭く吐き捨てられる声。


振り向かなくても分かる。

その言葉が向けられているのが、自分だということくらい。


ジョセフの妻——アイビー。


王家の血を引く、公爵令嬢。


誰もが羨むはずの立場にいながら、彼女の心は満たされていなかった。


子をなせない身体。


何度も治療を試みても、結婚して十年——子は授からなかった。


一夫一妻制のこの国で、ジョセフはそれを理由に堂々と裏切る。

愛人を囲い、婚外子を増やし続ける。


夫婦の間にあるのは、愛ではなく憎悪だった。


そしてその歪みは、行き場を失い——私へと向けられる。




理不尽な叱責。

理由のない八つ当たり。

逃げ場のない、静かな圧迫。


けれど。


身体に傷がつくことはなかった。


——壊してはいけないから。


ジョセフにとって私は、ただの“価値あるもの”。


消耗はさせても、破損はさせない。

それだけの存在だった。



それでも。

私には、まだ“外の空気”があった。


「ルーナ、会えて嬉しいよ。」


その声を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけほどける。


変わらない声。

変わらない温度。


ソラだった。



彼はいつも同じ時間に現れる。

それが当たり前のように。

まるで、最初からそこに組み込まれていたみたいに。


「今日は少し顔色がいいね」


そう言って、何でもないことのように私の前にしゃがみ込む。


その仕草には、距離がなかった。

見上げる必要も、見下される感覚もない。


気づけば、身体がふわりと浮く。

彼はいつも、自然に私を抱き上げる。


強くもない。

乱暴でもない。

それなのに、不思議なほど落ち着く腕だった。


抱え込むのではなく、支えるように。

縛るのではなく、預かるように。


何も求めてこない。

何も奪わない。

ただそこにいるだけで、「ここにいていい」と言われている気がした。


ソラは、沈黙すら怖がらなかった。


言葉が途切れても、表情が曇っても。

急かさず、責めず、ただ待つ。


そんな人を、今世の私は知らなかった。


気づけば思っていた。

この人となら。


この人となら、壊れないまま生きられるのではないかと。



恋に溺れないように。

前世のように、すべてを失わないように。

そう決めていたはずなのに。


それでも心のどこかで。


「この人と結婚したい。」と、強く願ってしまっていた。



そして。

結婚式まで、あと一月。


秋の空はやけに澄んでいて、少しだけ冷たかった。


その日は、私の十八歳の誕生日だった。


朝から、落ち着かない気持ちがあった。

理由は分からない。

ただ、胸の奥が妙に静かだった。


静かすぎて、不安になるほどに。


一日が、長かった。

窓の外の光が傾いていくのを、ただ眺めていた。


そして夜。

彼は来なかった。


代わりに届いたのは——

死の知らせだった。


屋敷へ向かう途中、馬車ごと崖下へ転落。

即死だったと。


理解が、追いつかない。

言葉の意味は分かるのに、現実として受け取れない。


気づけば、私は葬儀の場に立っていた。


黒に染まった空間。

低く響く祈りの声。


けれど——


彼の顔を見ることは、許されなかった。

損傷が激しすぎるから、と。


最後すら、奪われた。


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