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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第5章 守りたかったもの、守れなかったもの
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⑧

それから、どれくらい時間が経ったのか。


キースは、ゆっくりと――けれど確実に回復していった。


最初は指先だけだった動きが、やがて腕へ。

途切れがちだった言葉も、少しずつ形になっていき。

焦点の定まらなかった瞳も、次第にしっかりとこちらを捉えるようになっていく。


医師は、静かに告げた。


「後遺症は、見られません」


その一言に。


ルーナは、その場で崩れ落ちそうになった。


安堵だったのか。

張り詰めていたものが切れたのか。


自分でも分からなかった。


ただ――ずっと止めていた呼吸を、ようやく思い出したみたいに。


深く、息を吐いた。



それでもルーナは、変わらず彼の傍にいた。


食事も、睡眠も、最低限。

回復していくキースを見届けることだけが、自分の役目のように。


「……ルーナ」


ある日、名前を呼ばれた。


はっきりと。

途切れない声で。


その一言に、胸が大きく揺れる。


振り向いた先で、キースがこちらを見ていた。


もう、意識の底ではない。


ちゃんと、“ここ”にいる視線。


「……はい」


それだけ答えるのに、少し時間がかかる。


声が、うまく出なかった。


「…無理してるだろう」


静かな声だった。


責めるでもなく。

ただ、見抜くように。


ルーナは、わずかに首を振る。


「してません」


けれど――その言葉は、あまりにも軽く崩れた。


次の瞬間。


視界が、大きく揺れる。


「……え……」


足元が消えたみたいに、力が抜ける。


世界が、遠のく。


「ルーナ!」


「しっかりしろ……!」


焦った声。


けれど、その輪郭さえ曖昧に溶けていく。


そのまま、意識は深く沈んだ。



次に目を覚ました時。


ぼんやりとした光が、視界に滲んだ。


見慣れた天井。

静まり返った部屋。

どこかで、布の擦れる小さな音がする。


「……ルーナ様!」


聞き慣れた声。


ゆっくりと視線を動かすと、


そこにいたのはロイだった。


張り詰めた表情の奥に、はっきりとした安堵が滲んでいる。


「……ロイ……」


声はかすれていた。


喉がうまく動かない。


「やっと……目を覚ましましたね」


ロイは小さく息を吐く。


ようやく肩の力を抜いたように。


「……キース様は……?」


意識が戻った瞬間、


自然と、その名前が零れていた。


ロイの目が、わずかに揺れる。


けれどすぐに、落ち着いた声で答えた。


「大丈夫です」


短く、はっきりと。


「順調に回復してます」


その言葉に。


胸の奥で、強く張りつめていたものがほどけた。


「……そう、ですか……」


それだけで、力が抜ける。


ようやく、息ができる気がした。


安心した途端、身体の重さが一気に押し寄せる。



「ルーナ様の方が問題です」


ロイの声が、少しだけ強くなる。


「何週間、ろくに寝てないんですか」


責めるわけではない。


けれど、抑えきれない感情が滲んでいた。


「…それでも平気だったの」


かすれた声で、そう返す。


ロイは小さくため息をついた。


「でも、倒れたのが現実ですよ」


そして、わずかに視線を逸らす。


言葉を選ぶように。


「自分のことも見てください」


その一言は、静かだった。


強く責めるわけでもなく、けれど逃がさない響きで。


ルーナは、何も返せなかった。


胸の奥が、かすかに揺れる。


分かっていたはずのことを、まっすぐ突きつけられた気がした。


ずっと、見ないようにしていたもの。


置き去りにしていた自分自身。


それが、ゆっくりと浮かび上がってくる。


けれど――同時に、別の感覚が満ちていく。



キースは、生きている。

ちゃんと、戻ってきている。


もう、それだけでよかった。


まぶたを閉じる。


張りつめていたものが、ほどけていく。

身体の力が、ゆっくり抜けていく。

抗う必要は、もうどこにもない。


ルーナは、小さく息を吐いた。


深く、静かに。


そのまま――穏やかな眠りへと落ちていった。

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