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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第5章 守りたかったもの、守れなかったもの
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⑨

それから数日。


私はしっかりと休まされ、食事も、睡眠も、半ば強制的に整えられた。


気づけば、身体の重さは消え、思考も、驚くほど澄んでいた。



そして――久しぶりに、自分の足で歩いて向かった先。


扉の前で、足が止まる。


深く、息を吸う。


ノックをする手が、わずかに震えた。


「……どうぞ」


中から返る声。


もう、遠くない声。


ルーナは、ゆっくりと扉を開けた。


そこにいたのは――立っているキースだった。



まだ万全ではないのが、わかる。


わずかに残る疲労。

完全には戻りきっていない気配。


それでも自分の足で、確かに立っている。



「……ルーナ」


その一言に、胸の奥が、静かに揺れる。


「……はい」


短く答える。


それだけで、十分だった。


もう、あの時のように遠くはない。

触れられる距離にいる。


失いかけたものが、確かに、ここに戻ってきている。


それでも――

あの時間は、消えない。


あの恐怖も。

あの後悔も。


胸の奥に、形を変えず残っている。


だからこそ、二人の間に流れる空気は以前とは少し違っていた。


静かで。

壊れやすくて。


不用意に触れれば、すぐに崩れてしまいそうなほどに繊細で。


それでも――確かに、繋がっている。


その、曖昧で頼りない“繋がり”を確かめるように。



私は、一歩だけ踏み出した。


キースもまた、ほんのわずかに視線を上げる。


しかしそれ以上、距離は縮まらなかった。



「……ルーナ。体調は?」


先に口を開いたのは、キースだった。


いつもと変わらない声音。


けれどどこか、慎重に言葉を選んでいるような間がある。


「もう大丈夫です。キース様は……?」


「私も大丈夫だよ」


短い返答。

それ以上、続かない。


沈黙が落ちる。


本当は、もっと話したいはずなのに。


伝えたいことも、聞きたいことも、

いくらでもあるはずなのに。


言葉だけが、見つからない。



私は、そっと彼を見つめる。


生きている。

ここにいる。


それだけで、十分だったはずなのに。


――足りない。


その感情に、自分で戸惑う。



「……あの」


声を出す。


けれど、続ける言葉が見つからない。


あの夜のことも。

自分の気持ちも。


全部――胸の奥で絡まったまま。


「……キース様が無事で、本当によかった」


やっと出たのは、その一言だった。


キースは一瞬だけ目を伏せ、小さく頷く。


「……ああ」


それだけ。

それだけなのに。


それ以上踏み込ませないような、静かな壁が、そこにあった。


胸が、わずかに痛んだ。



「……ルーナ」


再び名を呼ばれる。


その声は、どこまでも穏やかで。


「本当にすまなかった」


静かに告げられる。


「どういうことですか?」


キースは、わずかに視線を落とした。


「……最近」


低く、言葉を落とす。


「妙な動きがあるのは、分かっていた」


ルーナの指先が、ぴくりと震える。


「警戒をしていた」


淡々としているのに、


その奥に押し込めたものが滲んでいる。


「しかし――」


一瞬、言葉が詰まる。


「間に合わなかった」


静かに、落ちる。


「もっと早く動けていれば」


「もっと確実に、潰せていれば」


わずかに、拳が強く握られる。


「ルーナをあんな目に遭わせずに済んだのに」


責める声じゃない。


ただ、自分に向けている。


「……辛い思いをさせて、申し訳なかった」


キースは泣きそうな顔をしていた。


「だから」


小さく、息を吐く。


「同じことは、もう繰り返さない」


顔を上げる。


その目は、もう揺れていない。



「距離を置こう」


静かに告げる。


「俺はルーナを守れない」


その言葉が落ちた瞬間、


空気がすっと冷たくなる。


私は、すぐには意味を受け取れなかった。


理解したくないのに、


言葉だけが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。


――距離を置く。


それは、守るための言葉のはずなのに。


どうしてこんなにも、


遠ざけられる音がするのか。


胸の奥が、静かに軋んだ。 

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