⑦
あれから一週間が過ぎた。
王も、王妃も、友人たちも――そして私も。
入れ替わるように、何度もキースのもとを訪れていた。
しかし、そのたびに突きつけられるのは、変わらない現実だった。
彼は一度も、目を覚まさない。
わずかに上下する胸だけが、時間が止まっていないことを示している。
それ以外は、何も。
何ひとつ、変わらなかった。
私は、ほとんど眠れていなかった。
夜が来ても、目を閉じることができない。
閉じれば、あの瞬間が蘇るからだ。
倒れたキースの姿。
血の匂い。
遠のいていく意識。
そのすべてが、瞼の裏に焼き付いて離れない。
身体は限界に近いはずなのに、
それでも、彼の傍を離れることだけはできなかった。
ロイは何度も私に声をかけた。
休むようにと。
せめて部屋に戻るようにと。
けれど私は、首を横に振るだけだった。
大切な親友を失うかもしれない恐怖。
それだけでも十分なはずなのに。
その上で――姉まで失うかもしれない。
そんな不安を、ロイは隠しきれていなかった。
それでも、私はキースの手を離さなかった。
「……キース様……」
彼の名を呼ぶ。
ひび割れた声が、静かな部屋に落ちる。
返事はない。
呼吸の音だけが、変わらず続いている。
それだけなのに――どうしてこんなにも遠いのか。
涙が、彼の手の甲に落ちた。
その時だった。
ほんのわずかに、指先が応えた気がした。
「……え……?」
息が止まる。
見つめる。
けれど何も変わらない。
今のは、願いすぎたせいの幻――そう思いかけて。
「……っ」
もう一度。
今度は、はっきりと。
指が、微かに動いた。
「……本当に……?」
震える手で、そっと包み込む。
逃がさないように。
消えないように。
「……キース様、聞こえてますか」
小さく、問いかける。
「……私の声」
その瞬間。
呼吸が、わずかに乱れた。
規則だったものが崩れる。
「……っ」
胸が締めつけられる。
――届いた。
「……お願い、戻ってきて」
祈るように、零す。
その時、まぶたが、かすかに震えた。
そして――ゆっくりと、わずかに開く。
焦点の合わない瞳が、揺れる。
ここにあるのに、届かない。
「……ル……」
かすれた音。
それでも、確かに。
「……っ」
涙が溢れる。
怖いほどに、嬉しい。
「ここです」
短く、強く。
「ルーナはここにいます」
指先に力を込める。
キースの瞳が、わずかにこちらへ向く。
「……ご……めん……」
その一言で、すべてが崩れる。
堪えきれず声が出る。
「謝らないでください……」
言葉が続かない。
涙が落ちる。
やがて。
その瞳が、ゆっくり閉じていく。
意識が、また沈む。
「……待って……」
引き止めるように、手に力を込める。
返事はない。
呼吸だけが、元に戻る。
それでも――
確かに、触れた。
確かに、繋がった。
震える声で、呟く。
「何度でも、キース様を呼びます」
その手を、握り直す。
「だからまた、戻ってきてください……」
願いが、静かに落ちる。
――その直後。
呼吸が、変わった。
浅く、不安定に揺れる。
指先が、もう一度動く。
今度は、はっきりと。
そして弱く――、握り返された。
「……っ」
息が詰まる。
現実が、追いつかない。
その時、まぶたが再び開いた。
さっきよりも、確かに。
揺れていた瞳が、探すように動く。
そして――こちらを捉えた。
「……ル……ナ……」
途切れながらも、はっきりと。
「……はい……」
声が震える。
それでも、答える。
「ここに、います……」
視線が、わずかに定まる。
まだ不完全で、それでも確かに。
私を見ている。
「……無事……か……」
最初の言葉に、胸が締めつけられる。
「私は大丈夫です……」
何度も頷く。
「大丈夫ですから……」
キースは、わずかに息を吐いた。
それだけで、ひどく疲れたように。
「……よかっ……た……」
そのまま、意識が沈みかける。
「キース様、待って……!」
思わず引き止める。
けれど――今度は違った。
指先が、わずかに応える。
繋がっている。
まだ、ここにいる。
「……ごめんなさい、まだゆっくり眠ってくださいね」
静かに、言う。
支えるように。
「私は大丈夫ですから」
呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
完全ではない。
それでも――途切れていない。
私は、その手を握ったまま。
涙が、また一滴落ちた。
それでも――もう、さっきの絶望ではなかった。
まだ終わっていない。
それでも確かに。
失ってはいなかった。
その小さな確かさだけが、胸の奥で、静かに灯り続けていた。




