↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第5章 守りたかったもの、守れなかったもの
PR
40/55

③

そして、帰りの馬車の中。


規則正しく揺れる振動に身を預けながら、私はただ静かに座っていた。


外の景色は流れているのに、思考だけがどこかに取り残されている。


頭の中にあるのは――キースのことばかりだった。


ソラのことを、ずっと隠していたこと。

それでも最期に、私をソラに会わせてくれたこと。

そして今、何も言わずに、私に“これから”を選ばせていること。


あのときの声が、何度もよみがえる。


押しつけることも、引き止めることもせず。

ただ静かに、選択だけを差し出した声。


思い出すほどに、胸の奥が締めつけられる。


――きっと、理由があった。


私の知らないところで。

私に言えなかった何かが。


それなのに私は。


何も知らないまま、拒絶した。

遠ざけた。


あの距離を、自分で選んでしまった。


小さな記憶が、ひとつ、またひとつと浮かび上がる。


隣を歩いた時間。

何気なく交わした言葉。

何も話さなくても、ただ隣にいられた静けさ。


そして――あの夜空の下。


同じものを見上げて、同じものを願っていた時間。


言葉にはしなかったはずなのに。

確かに、同じ方向を見ていた。


それらが、まるで走馬灯のように巡っていく。


――逃げる前に。

――選ぶ前に。


ちゃんと、向き合わないといけない。

キースと。


そう、思った――その瞬間だった。



不意に、馬車が激しく揺れた。


体が大きく前に投げ出される。


鈍い衝撃音が、外から叩きつけられるように響いた。


次の瞬間、怒号が飛ぶ。


「――襲撃だ!」


その一言で、空気が一変する。


馬がいななき、蹄が乱れる音。


馬車が無理やり止められ、きしむ音が耳に残る。


何が起きているのか理解する前に、扉が勢いよく開いた。



「ルーナ様!」


ロイだった。


その顔は、見たことがないほど張りつめている。


「こちらへ!」


強く手を引かれる。


ほとんど引きずられるようにして、外へと連れ出された。



夜の空気が、鋭く肌を刺す。


外ではすでに剣がぶつかり合っていた。


金属の擦れる音。

短く切り裂かれる叫び。

火花が散り、闇の中で光が瞬く。


現実が、急に遠のく。


「離れないでください!」


ロイの声だけが、はっきりと聞こえる。


その手を、必死に握り返すし、走る。


ただ、それしかできない。


足元が不安定で、うまく踏みしめられない。


それでも前へ。


背後で何かが崩れる音がした。


振り返る余裕はない。


暗がりの中を、ただ逃げる。



「……っ!」


突然、体が強く引き戻された。


腕を掴まれる。


違う。


ロイじゃない。


知らない力。


強引に、後ろへ引かれる。


「ルーナ様!」


ロイの声が、遠くなる。


一瞬で距離が開く。


複数の気配が、同時に迫る。


押さえつけられる。


肩を、腕を、容赦なく掴まれる。


息が詰まる。


抵抗しようとしても、力が違いすぎた。



「離して……!」


声にならない。


体が持ち上げられる。


足が地面から浮く。


視界が大きく揺れる。


何も掴めない。


「ロイ……!」


名前を呼んだはずなのに、音にならない。


視界の端で、剣の光が一瞬だけ走る。


そのすぐ後――背後から、何かが首元に触れた。


冷たい感触。


ぞくりと背筋が震える。


次の瞬間、意識がぐらりと傾いた。


力が抜けていく。


抗えない。


視界がぼやける。


音が遠のく。


光が滲む。


崩れていく意識の中で――


ふと、何かが“重なった”。


夜の闇ではない。


血の匂いでもない。


もっと、遠い記憶。



それは闇ではない。


今いる場所でもない。


どこか、もっと遠い場所。


冷たい地面に横たわる感覚。


呼吸が浅い。


胸が、うまく動かない。


視界の端に、赤が滲んでいる。


――これは、誰の。


そう思うより先に、すぐ近くで、声がした。


「……しっかり……」


かすれているのに、必死な声。


誰かが、私を抱き起こしている。


腕の中に支えられている感覚。


温かい。


けれど、その温度が少しずつ遠のいていく。



「目を……開けて……ください」


その声に応えようとしても、体が動かない。


視界が、ゆっくりと揺れる。


ぼやけた中で、誰かの顔が近づく。


――知らないはずなのに。


どうしてか、胸が痛いほど締めつけられる。



その人の手が、頬に触れる。


震えている。


必死に、何かを繋ぎ止めようとするように。


でも――もう、届かない。


その温度が、離れていく。


「……守れなかった……」


最後に聞こえたのは、絶望の声だった。


次の瞬間、すべてが闇に沈む。


現実に引き戻される。



何もないはずなのに、胸の奥だけが熱を残している。


理由の分からない、痛みと――消えない、温度。


私は、そのまま意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。