②
演劇のあと、私たちはそのまま食事をすることになった。
落ち着いた店の中で、ようやく日常の空気が戻ってくる。
そのときエレンが、少しだけ視線を落として言った。
「実は私も、気分転換がしたかったんです。少し……マリッジブルーみたいで。」
「そうだったんですね……。」
「私たちの結婚って、昔から決まっていて。ずっと幼馴染で、友達みたいな関係だったから……。いざ結婚となると、ちゃんと覚悟ができているのか分からなくて。」
「……でも、エレン様ってリュート様のこと、好きですよね。」
その言葉に、エレンは目を丸くした。
まさか気づかれているとは思っていなかったような顔だった。
「ルーナ様秘密ですよ……私、リュートのこと、大好きなんです。」
「やっぱり、そうだったんですね。」
「え?分かってました?」
「見ていれば、分かりますよ。」
そう言うと、エレンは少し恥ずかしそうに笑った。
「ふふ……リュートって、口も悪いし。」
少しだけ困ったように笑う。
「意地悪だし、偉そうだし……」
言いながら、ほんの少し視線を逸らす。
「なんでこんな人のこと好きなんだろう、って思うんです。」
小さく息をつく。
でも——すぐに、表情がやわらぐ。
「でも、気づいたら……好きになっていて。」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「リュートから“好き”って言われたこと、一度もないんです。」
ほんの少し、苦笑する。
「だから……私の片想いかもしれないって、思うときもあるんですけど。」
そこで言葉を区切って、少しだけ、迷うように指先を触れる。
「でも……誕生日に花をくれたり。」
「元気がないときに、外に連れ出してくれたり。」
一つ一つ、思い出すように。
大事に置いていく。
「そういうのに……すごく、救われていて。」
声が、少しだけ震える。
「だから……」
一瞬だけ言葉を探して、
それでも、ちゃんと口にする。
「結婚したら、きっと……」
小さく笑う。
少し恥ずかしそうに。
「もっと好きになってしまいそうで……それが、少し怖いんです。」
頬を赤くしながら話すエレンは、とてもまっすぐだった。
私は自然と微笑んでいた。
その幸せを、少しだけ分けてもらったような気がしたから。
そして同時に、思い出す。
少し前の私は、同じような温度の中にいたことを。
辛い過去を忘れさせるように、ただそばにいてくれた人。
何も言わずに寄り添ってくれた人。
今はもう信じられなくなってしまったけれど。
それでも、あれが嘘だったとは思えなかった。
すれ違っているだけなのかもしれない。
もう逃げようと思えば逃げられるのに、私はなぜか離れられない。
そんなことを考えていたときだった。
「見つけた。」
背後から声がして、空気が少し変わる。
リュートだった。
彼はそのままエレンの手を取ると、何でもないように言った。
「ルーナ、エレンを攫ってもいい?」
「え?攫う……!?リュート?」
「今こいつ、絶賛俺のこと避けててさ。もう限界なんだよ。ちょっと二人で夜に消えるわ。」
私は思わず小さく笑った。
「ふふ、どうぞエレンを連れていってください。」
エレンは困ったようにしながらも、顔を赤くしてリュートの手を握り返していた。
その様子を見て、確信する。
これは片想いなんかじゃない。
リュートは不器用なだけで、ちゃんとエレンを大切にしている。
リュートはエレンを自分の馬に乗せると、そのまま夜の中へ消えていった。
その背中を見送りながら、胸の奥にあたたかいものが残る。
――ああ、そうだ。
この温度、知っている。
気づけば私は、キースのことを思い出していた。




