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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第5章 守りたかったもの、守れなかったもの
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④

どれくらい時間が経ったのか分からない。


意識がゆっくりと浮かび上がる。


体が重く、自分のものではないみたいに動かない。


まぶたを開けると、薄暗い天井が視界に滲んだ。


古びた木材の軋み。

湿った匂い。


どこか腐ったような空気が、喉にまとわりつく。


「ここはどこなの…。」


状況を理解するより先に、手首に違和感が走る。


動かそうとして、止まる。


縛られている。


冷たい縄が、皮膚に食い込んでいた。


足も、同じように拘束されている。


息が浅くなる。


周囲を見回す。


ここは小さく、汚れた空き家だった。


壁はひび割れ、床は軋み、まともに手入れされた気配がない。


窓から見えるのは――ただ、深い森。


どこまでも続くような暗い緑。


人の気配は、どこにもない。


逃げ場がないことだけが、はっきりと分かる。


――私は、これからどうなるのだろう。


その考えが浮かんだ瞬間、体の奥から冷たいものが広がった。


怖い。


言葉にする前に、感情が先に溢れる。


これまでの二度の人生の中で。


こんな感覚は、初めてだった。


確かに、精神的に虐げられていた過去はあった。

心を傷つけられ、逃げ場のない日々。


それでも――ここまで“何をされるか分からない恐怖”は、なかった。


体を傷つけられるかもしれない。

踏みにじられるかもしれない。

壊されるかもしれない。


その想像が、止まらない。

呼吸がうまくできない。

声も出ない。

体も動かない。


ただ、震えることしかできなかった。



視界が滲む。

涙が、止まらない。


その中で、ただ一人の顔が浮かぶ。


――キース様。


助けてほしいと、思ってしまった。


その瞬間――ガンッ、と乱暴な音が響いた。



心臓が跳ね上がる。


次の瞬間、扉が荒々しく開かれた。


光が差し込む。


その逆光の中に、立っている影。


見た瞬間、全身の血が凍りついた。



――ジョセフ。


この世で、最も関わりたくない存在。


最も、憎悪する人物。



「目を覚ましたか。」


ゆっくりと近づいてくる。


足音がやけに大きく響く。


「やっと、見つけたよ。ルーナ。」


その声音は、優しさにも似ているのに――どこまでも歪んでいた。


「よく、生きてたね。」


「……。」


声が出ない。


喉が張りついて、言葉にならない。


ただ、体が震える。


昔と何も変わらない。


いや――あの頃よりも、もっと濃い狂気がそこにあった。



「最初はね、貴族の邸宅に火を放って、そのまま刺客に始末させるつもりだったんだよ。」


楽しそうに語る。


まるで世間話のように。


「でもさ、護衛騎士が邪魔してさ。しっかり守っちゃってさ。」


くつくつと笑う。


「しかも、それが私の息子だったんだよね。」


その言葉に、背筋が冷たくなる。


「でも今回はちゃんと強いのを雇ったよ。あいつには、もう邪魔させない。」



一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


逃げられない。


「会いたかったよ、ルーナ。」


その言葉に、吐き気が込み上げる。


それでも、絞り出すように声を出した。


「どうして……私に、執着するんですか」


ジョセフは、一瞬だけ目を細めた。


そして、すぐに笑う。


「どうして?」


首を傾げる。


本気で分からないとでも言うように。


けれど次の瞬間、はっきりと告げた。


「そんなの決まってるだろ。」


笑みが、歪む。


「ただ、お前が幸せになるのが――許せないんだよ。」



言葉が、突き刺さる。


「……」


何も言えない。


理解も、拒絶も、追いつかない。


ただ、恐怖だけが膨らんでいく。


「さて……どうしようか。」


ゆっくりと視線を這わせる。


まるで品定めをするように。


「外道どもに回すか。」


「それとも、頭のおかしい貴族に売るか。」


軽い口調。


それなのに、その一つ一つが現実として迫ってくる。


「悩むんだよね。」


息が詰まる。


逃げたい。

けれど、逃げられない。


震えながら、問いがこぼれる。



「……殺さないんですか」


その瞬間、ジョセフは心底つまらなそうにため息をついた。


「殺すわけないだろう。」


即答だった。


「死んだら終わりじゃないか。」


一歩、近づく。


「お前の母親もそうだった。」


声が、低くなる。


「勝手に死を選んでさ。つまらなかった。」


ぞくり、と背筋が粟立つ。


「だからさ――」


顔を近づける。


逃げられない距離まで。


「ルーナのことは、ちゃんと苦しませたいんだよ。」


言葉が、耳の奥にこびりつく。


未来が、閉ざされる。


逃げ場もない。

終わりもない。


ただ、壊されていくだけの時間。



――無理。


耐えられない。


そのときだった。


次の瞬間――轟音とともに、扉が内側へ吹き飛んだ。


木片が散る。

空気が、一瞬で変わる。


ジョセフが振り返る。


私は、反射的に顔を上げた。


そこにいたのは――キースだった。

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