伝えたい言葉
もどかしさと歯がゆさを感じながら、黙って炎を見つめる。口は災いのもとだと言われているものの、伝えなければ何のために口があり、言葉を得たのか分からない。声を聴き、言葉を交わし、時には文字で伝える。それは私たち人間だけに与えられた素敵なこと。使い方さえ間違わなければ、それはいつだって誰かの背中をそっと支えられるはず。
だから私は伝えることを諦めたくない。思いの全てが届かないかもしれない。歪んで受け取られることもあるだろう。それでも、何千回でも、何万回でも伝えたい。
ゼノを盗み見ると、目が合った。もし、私と話したくないのならどこかに行くはずだ。それでも、横にいるということは、まだ話してもいいのだろうか。聞きたいこと、分からないことがたくさんある。これからのことも知りたい。でも、まずは私から。
「ゼノ君」
「なんだ」
「私ね、みんなと一緒にお喋りして、ご飯食べてる時間がすっごく好きなんだ」
「そうか」
「あとは、お菓子作ってる時。ゼノ君、美味しいって顔してくれるかなって考えながら作るの、楽しいんだ」
「へぇ」
「ゼノ君はどんなときに楽しいって思う?」
「そんな時、ねぇよ」
ばっさり切り捨てられて、次の言葉が出てこない。でも、ここで諦めるわけにはいかない。不安だけど、嫌われるのは怖いけど、そう思っていたら何も変わらない。その心に踏み込ませてもらえないのなら、向こうから踏み込んでもらえばいい。追うことも引き寄せることもせず、ただ、手を広げて待っている。私はいつでもここにいるよと、そんな思いが届くように。時間はかかるだろうが、不用意に傷つけてしまうよりはずっといい。
「私、小物作るのも好きなんだ。器用ではないけど、褒めてもらえると嬉しいんだよね」
合間合間に聞こえる返事に、他愛もない話を続ける。話が好きなわけでも得意なわけでもない。どちらかといえば苦手だという自覚はある。けれど、ゼノの前だと楽に話ができる気がした。
動物や星の話、好きな花の名前に子供の頃よく遊んだ場所。人に聞かせるほどの話ではないかもしれない。でも、私のことを少しでも知ってほしい。そして、いつかゼノのつまらない話を聞かせてほしいと思った。
「たこ公園って言うんだけどね、大きなたこの滑り台があるの」
「それは食えるのか?」
ゼノの興味が少しこちらに向いた。まさかたこ公園に食いつくとは思わなかったが、この機を逃すわけにはいかない。
「残念ながら食べられないんだよ。でもね、近くにたこ焼き屋さんがあって、時々買ってもらってたよ」
「たこ焼き……」
「もしかして食べたことない?」
「ああ。それはうまいのか?」
「おいしいよ。何個でもいける」
「そうか」
先ほどの相槌とは変わらないのだが、明らかに気になっている様子。これは、たこ焼きパーティーをするしかないのではないだろうか。そうと決まれば明日はみんなの歓迎会をしつつ、たこ焼きを焼こう。あとはケーキも作ってちらし寿司も用意したら盛り上がるのではないだろうか。もちろんゼノの好きなアップルパイも。上にバニラアイスを乗せたら、みんな喜んでくれるだろうか。彼らの好みもまだまだ知らない。だからまずは自分なりのもてなしをしよう。
「明日釣ってくるね」
「何を?」
「たこだよ」
「俺も行く」
そんなに、たこに興味があったなんて。新たな一面を知ることが出来て嬉しかった。もっといろんなことを知っていきたい。そしていつか、ゼノの周りには彼の好きなものが溢れるようにしたい。そんな世界を作れたら、悲惨な終わりから遠ざけることが出来るだろうか。楽しい時間が過ぎていく間にも、あの日の記憶が顔を出す。油断していればすぐに引きずり込まれてしまう。いや、油断する時を待っているのかもしれない。
足元をすくわれないように、気を引き締めなければ。私の役目はゼノを幸せにすること。私が幸せになることじゃない。それさえ間違えなければきっとうまくいく。そう言い聞かせた。




