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たこ漁

 まだ誰も起きてこない朝から意気揚々と船とたこ壺を造っていたところ、後ろから声がかかった。

「何をしているんだい?」

「たこ壺作ってるよ。レインも一緒に行く?」

 振り返るとそこには首をかしげて、私の手元を覗き込んでいるアインがいた。名前が似ていたため、間違えたことに気付いていないようで「一緒に行ってもいいのかい?」とどこか嬉しそう。

「だめ、ぜったい」

「分かっているさ」

 そうは言うものの残念そうな感情が声に出ている。以前と比べて表情が豊かになったように思う。ゼノとは違い、アインは常に笑顔を見せていた。誰にでも気さくに声をかけ、それでいて礼儀正しさも欠かさない。フレンドリーなものの、どこか人と一線を引いた場所にいるような感じ。来るもの拒まず、去る者追わず。そんな言葉がよく似合う人だった。

 けれど、今では抑揚のない声色は微量ながら色づいている。表情も張り付けたような引きつったような笑顔ではなく、緊張感が解かれたように見える。そして図々しさが出てきた。

「だが、一緒にお茶しに行くくらいはいいんじゃないかな」

「だめです」

「僕と居ると目立ってしまうからね。でも、大丈夫。変装するし、声も変えるよ」

 そう言って様々な声色を使ってみせた。けれど、その王子のオーラはどうやっても隠し切れないように思うのだが。今日も少し姿を隠すような服装だが、きらきら感が消せていない。自覚しているくらいだ。彼は立っているだけで相当目立つ。その容姿のせいもあるだろうが、立ち居振る舞いや醸し出す雰囲気が、より彼の魅力を際立たせる。

「人通りの少ないお店を知っているんだ」

「……」

「人目が気になるなら、店を貸し切ろう」

 自分の方が人目が気になるだろうに。きっと生まれてから今に至るまで、視線に晒されなかったことは無いだろう。どこへ行こうとも王子の名がついて回る。それに、あの容姿なら女性に声をかけられることも多いだろう。それなのに他人の心配をするなんて。とっても優しい人。だから隣には居られない。

「私は行けないよ」

 私の心はゼノに全振りしている。だから、アインに構っている時間はない。でも、それ以上に一緒にいる時間を作ってはいけない気がした。私は悪役で彼は英雄。物語の中では対立している位置関係にある。そんな私が一緒にいるところを見られでもしたら、アインの立場が悪くなるのは目に見えている。それにゼノとの関係にもひびが入る可能性だってある。いや、確実にひびが入り砕け散り修復できないだろう。

 だから、どう考えたってアインと関係を深めるメリットはない。いっそのことその存在を消してしまえばなんて思うが、この時空の彼はゼノを攻撃しただけで、殺しはしていない。確かに一度目の怒りは消えないけれど、いざ目の前にすると憎み切れない。僅かながらに彼の悲惨な過去を知っているからか。それとも、その先の眩しい笑顔を知ってしまったからか。

「では、君の好きな色を聞いてもいいかい?」

「好きな色?」

「ああ、それくらいなら許されるだろう」

 拒絶しようにもしきれないのが、彼に伝わってしまっているのだろうか。なかなか帰ろうとしない。まあ、少し話すくらいならいいか。ここはほとんど人が来ない。家から離れさえすれば見つからないだろう。トーガの偵察力は少々心配だが、私のことを慕ってくれている今は見張ったりはしない。毎日のように今日の修業は何をするのかとついて回られると厄介だが。まあ、今はおよそ100kgの金棒を片手で持ち上げられるようになるまでは次に進まないと言ってあるから大丈夫だろう。

「じゃあ、少し遠くで話そうか」

「ああ」

 歩き出すと、まるで散歩に行けるのが分かった時の犬のように今にも駆け出しそう。


 日が昇ると、私が催促するまでもなくアインはあっさり帰っていった。振り向き何度もこちらに手を振り小さくなっていく。それは王子でも氷の騎士でもないただの青年だった。

 ゼノや八寒社中のことを聞くわけでもなく、何の役にも立たない質問をしては私の返答に笑い、時々小難しい顔をしてはまた質問を繰り返す。これ以上アインのことは知りたくない。知ってしまえば、遠ざけられなくなりそうで恐ろしい。背を向け、その声に耳を傾けなければ、心が痛むことは無かったのに。

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