2章 過去の未来(ゆめ) 【悪戯】
「ちぃくん。相談が、あります。」
そう、ちぃくんに言ったのはツアーもあと3ヶ月に迫った頃だった。
ツアーの発表で盛り上がる中、配信のチャットに来た、"つくねくんはなんで歌い手になろうと思ったんですか?"という質問。
そんなの、答えられるわけなかった。
「どうしたの?」
優しいちぃくんの声。
「僕の、歌い手になった経緯を聞いてほしいんです。」
僕がそう言うとちぃくんは優しく頷いた。
「僕が、歌い手になった経緯は、、、最初は小さな"悪戯"からでした。」
僕は、歌い手に興味があった。
歌い手はキラキラしてた。
かっこよくて、勇気と元気と笑顔をくれた。
まっすぐ、応援し続けていた。
でも。
ずっと平和に続くわけじゃなかった。
キーホルダーをつけていっただけだった。大好きな歌い手さんのキーホルダー。初めてのグッズで、嬉しくて、つい、学校につけてきてしまったのが運の尽きだった。
「わ、キーホルダー?誰だよ、コイツ。」
もともとクラスでは一人ぼっち。
誰も話しかけてこなかったのに、その日は異様に話しかけてきて
「なぁなぁ、お前、コイツのこと好きなの?」
と聞いてきたから僕は思わず「うん」と答えてしまった。
話しかけてきたのはクラスの意地悪グループの中心にいる子で、わかっていたはずなのに。
話しかけてきてくれて、嬉しかったのか、なぜか答えてしまった。
「へぇ。」
そう言ってニヤっと笑ったその子は、いつの間にかそのキーホルダーをブチッと取って僕の前から消えてしまった。
呆然とする僕に、取り巻きのようなこの嫌な笑い。
クラスメイトは気にも止めないように日常が続いている。
ただ数人、僕みたいな一人の子が心配そうに見つめているだけで。
そんな僕の横で、キーホルダーの上の部分の金具が静かに揺れていた。
その日、休み時間を全部潰して、そのキーホルダーの本体が見つかったのは結局放課後だった。
廊下のゴミ箱に、半分に折れて捨ててあった。
折られてしまったキーホルダーをぎゅっと握って、走って家に帰った。
必死に走ることしかできない。
家に帰ったら、息は切れ切れ、呼吸もままならない状態。視界はぼやけて、頬をつぅっと雫が落ちる。手に握るキーホルダーは強く握りすぎて手が痛い。
汗でぐっしょり濡れた制服は走りすぎたせいか、怒りのせいかわからない。
僕はその日の夜、泣いた。
なんで学校に持っていってしまったんだろう、って。後悔で自分を罵るしかなくて。
でも、それがアイツ達にはただの悪戯でしかなかった、なんて悔しくてしょうがなくて。
弁償なんて、してもらえるわけでもなく。
割れてしまったキーホルダーを机の上にそっとおいて、泣きながら、大好きな歌い手さんの声を聞きながら、僕はそっと眠りについた。
悪戯は、やがてイジメになる。
「お、こいつ登校してきたぜ。」
なんて声が教室に入った瞬間聞こえて、思わずビクッとしてしまう。
「昨日の、ごめん、無くしちゃったw」
反省するつもりのない言葉に無視を貫く。
「なんだよ、無視かよ。」
つまんなそうなその言葉にホッとした時、後頭部にガツンと痛みが走った。
無視したら、何もしてこなくなるんじゃ、ないの、、、?
それが最後の意識だった。
「、、、?」
起きたとき見えたのはピンク色の天井だった。
「あら、起きたの?」
という保健室の先生の声でやっと保健室だということに気づく。
「、、、!いった、、、。」
起きようとして激痛が走る。
「あぁ、まだ起きないで。思いっきり後ろに倒れたの、あなた。大丈夫?〇〇さんが連れてきてくれたのよ。」
〇〇さんというのは、聞きたくもない、僕を殴った犯人だった。
「疲れてた?急に倒れたって言ってクラス全員びっくりしてたの。」
保健室の先生の声に呆れる。
言い訳か。
僕は殴られたっていうのに。
「そ、ゆ、やつ、、、。」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでも、ないです。」
「そう。頭を打ってるからね。もう少し寝ていきなさい。」
保健室の先生はもう少し安静にするように僕に伝えるとどこかに行ってしまった。
次目覚めたときはもう家だった。
後から知ったことだがあれからしばらく起きず、働いていた親が呼び出されて学校から連れ出されたらしい。
さらに、寝たまま病院にも連れて行かれたらしく、診断結果やらなんやらの通知が来ていた。
「起きたの?大丈夫だった?何があったの?」
部屋に入ってくるなりそう聞き出すお母さん。
「実は、いじめ、られてるんだ、、、。」
そういうとお母さんはひゅうっと息を呑んだ。まさか自分の息子がいじめにあってるなんて、思いもしなかっただろうし、思いたくもなかっただろう。
「昨日、せっかく買ったキーホルダーを折られて、捨てられて。昨日からなんだ、いじめは。きっと向こうは悪戯としか思ってない。だからいいんだよ。」
僕がいうとお母さんは
「それしかなくてもあなたは傷ついているでしょう。これを機に、転校しない?"ツユキ"。」
ツユキ、というのが僕の本名。
転校、といのは僕のとってすごく魅力的な案だった。
でも、僕の口はこう言った。
「もう少し待ってほしい。状況が変わるかもしれないから。」
と。
そして、言葉通り状況が変わることになることを、このときの僕はまだ知らなかった。
悪戯をしてきた奴らは、それきり何もしてないんだと思っていて。でも、裏でとんでもないことをされていたのを、僕は知らなかった。
知らずに呑気に過ごしていた。
「ツユキ?なんか手紙が来てるわよ、って、コレ、〇〇くんじゃない。」
そう、お母さんに渡されて初めて嫌気がさす。
しぶしぶお母さんから封筒を受け取る。
中には合格と書かれた紙と、くしゃくしゃになった手紙が入っていた。
「お前が好きなクソみたいな歌い手(笑)みたいになれるように書類出したら審査通ったからあげるwwwどうせお前は無理だろうけどな(笑)」
なんて手紙と、その書類審査の結果であろう紙。
怒りでどうしようもない心をどうにか静めようと大好きな歌い手さんの動画を見る。
その歌い手さんも、書類審査のことを話していた。
合格した人はおめでとう、と。僕たちの仲間のなってくれると嬉しいな、なんてニコニコ笑顔で。
僕は、やるしかないんだと思った。
これしか、あいつらにやり返せない。
僕の大好きな歌い手さんは、こう続けた。
「ユメミライは特別な場所になるから、そんな場所を守り抜いていける子になってほしいな。」
そんなの、叶えるしかなかった。
ユメミライ、と言う名前はこの先も頑張れる気がして。
どうしても、諦められない未来となった。
暑かった夏が一瞬で過ぎ去った、少し寂しい初秋の話である。
しばらくして、転校することになった。
学年が上がるタイミングでちょうどいいとお母さんは言ったけれど、何がいいのか本当にわからない。
転校したって、僕の気持ちも、いじめられた過去も変わるわけじゃない。
そして、アイツらから逃げられるわけでもなかった。
夢に出てくる。
嫌なほど追ってきて、苦しいほどに追い詰める。
そんな、夢。
大事なものを奪われて、苦しい、助けて。で終わる夢。
ただただ苦しい夢が僕の心を何回もえぐる。
死にたいな、と思ったのも一回だけではなかった。
そんな、ネガティブな日々を送っていたとき、ユメミライからお知らせが届いた。
それは面接、第三審査と続く審査のお知らせだった。
面接は一人で行かなきゃいけないこと。
第三審査は2日間続くこと。
その他必要事項が淡々と述べられたプリントだった。
そして、お詫びの手紙も入っていた。
ツユキさんへ
この度は申し訳ありませんでした。
まさかいじめで出された書類だとは思わず、審査を通してしまったこと、深くお詫び申し上げます。
ですが、書類に書かれた「歌い手が大好き」だということと「クラスでは静かなほう」というのは誇るべきことでもあると思いますし、実際歌い手やアイドルになるにはその職業を「大好き」であったほうが良いし、「静かなほう」というのも個性が出ていて素晴らしいと思います。
もし、面接が嫌ならば来なくていいです。
でも、挑戦したらツユキさんの素晴らしい部分を認めてくれるファンの皆様、およびこれからメンバーになる皆様がいるはずです。
挑戦してみませんか。
ユメミライ始動プロジェクトリーダー、音瀬詩月
別に、挑戦しないわけではなかった。
こんな手紙をもらいたいわけでも。
自分自身で決めていくことだと思っていたし、始動グループが謝ることでもない。
でも。
嬉しかった。僕を認めてくれるメンバーやファンができるかもしれないことが。
挑戦して見る価値がある。
そう思って改めて挑戦することに決めた。
それを決めたら早かった。
すぐに面接の日が来て、合格して、第三審査の日まで来てしまった。
1日目は、ひとりぼっちだった。
周りが少しづつグループ化していく中、一人というのはひどく寂しい。
でも、コミュ障の僕が喋りかけれるわけでも、逆に話してくれるわけでもなかった。
こんなんじゃ、誰も認めてくれてないのと一緒だと思った。
結局は見つけてもらえないのだから。
第三審査2日目
その日は朝から胸騒ぎがひどかった。
その日見た夢でいじめられて。お前にはできないと散々バカにされる。
会場に行けばザワザワ話す声。
スマホに来た通知を覗くと「グループを作れ」的なことが書いてあった。
「無理だよ、、、。」
と呟いたそのときだった。
大きな罵る声と、か細く抵抗する声。
頭で考えるより行動していた。
「やめてって、言ってますよ?そろそろやめたらどうですか?」
僕が声をかけると一人の男の人が反応する。
「、お前、なんだよ。」
「元アイドルバックダンサーって言ったら、驚きますかね?」
とっさについた嘘は案外するすると出てきた。
すぐに逃げていく男の人たち。
「大丈夫?」
と明るい茶髪の男の人が声をかけてくれる。
「名前は?」
「つくねです。」
つくね、それが今回の偽名だった。なんとなく、小さな男の子って感じがするから。名前も似ているし。
「僕はちぃです。」
僕が助けた男の子、ちぃがそう言う。
「怪我とかは?」
「ないです。心配ありがとうございます。」
「良かった、。僕、助けてあげられたんですね。あー、嘘ってこういうときに役に立つんだ。」
僕は安堵のため息をつきながらそう言った。
「、、、、え?」
みんなが間抜けな顔をする。
「あ、、、元アイドルバックダンサーなんて嘘なんですよね。そういうのに弱いので。ただアイドルをけなしに来てる人ってすっごい嫌いなんでついカッとなっちゃうんですよ。」
いじめられていたことも、思い出すし。
「助けてくれて、ありがとうございます、つくねくん。」
「そんな、、!っていうか、僕って毒舌っていうか、、、。アイドルになるにも毒舌天使をやろうと思ってて、、、君とはなんだか気が合いそうだなって思ってたんですけど、、、ちぃくんって、なんだかすっごい元気な気がします。」
「、そう、かな?でも、そう思ってくれたなら嬉しいです〜!僕、明るい子になりたくて!」
「どっちでも、良いと思いますけどね。」
そう言って、僕はカラッと笑った。
毒舌とか、キャラ付けで喋ろうと思っていたけど意外と様になるかもしれない。
そして、元気そうな男の人たちが4人で、僕とちぃで2人で、ついにグループ結成が決まったのである。
「って、経緯なんですけど、、こんな理由でここに立ってるってこと、みんなに言っても大丈夫だと思いますか、、、?」
僕が一通りの経緯をちぃくん話すとちぃくんニコッと笑って
「それも立派な経緯だと思うよ。だって、たとえ最初は悪戯からでもさ、つくねが努力したことの変わりはないでしょ。それに悪戯は未来への始まりでしかなかったんだよ、きっと。僕を助けてくれたとき、ほんとにかっこよかった。悪戯だけが理由だなんて、思えない。それはきっと、つくねの努力もおかげだよね。」
と言った。




