第二十三章(1)
その後も、たくさんの手紙が僕のもとに届いた。多くは研究報告会で挨拶を交わした人たちからだったけれど、見覚えのない差出人のものもいくつか混じっていた。
内容はどれも似たり寄ったりで、簡単な挨拶と、突然手紙を送ったことへの詫び、そして僕と文通をしたいという申し出が書かれている。
――みんな、僕を通じて神子と話がしたいんだろう。
その意図はすぐに理解できた。
どうしよう……。
僕は数日間、帰寮してからベッドに入るまでの間、何かの儀式のように部屋の中をうろうろと歩き回りながら考え続けた。
彼らが神子のことを知りたがっているのと同じように、僕も彼らが神子をどう考えているのかを知りたい。
彼らの後継者である僕の同級生たちは、イーノスを助けたいと思ってくれている。
では、今この国の権力を握っている彼らは一体どう考えているのだろう。
本気で解決しようとしているのか、それとも波風を立てず、事なきを得ようとしているだけなのか。
返信用の封筒が同封されていたので切手代の心配はなかったけど、全員と文通をするのはさすがに無理だと感じていた。
とりあえず、この中からひとりを選ぼう。
できるだけ国の中枢に近くて、なおかつイーノスを助けてくれそうな、優しい人――。
僕はマーガレットのおじいさんであるゼノさんと、ハーベストの伯母さんであるコーデリアさんの手紙を交互に眺めながら部屋を歩き回り、ついに意を決して机に向かった。
ゼノさんにしよう。
彼は双帥のクロム・フェルトラとも親しいらしいし……。
ペンをとり、インクに浸す。
――ゼノさん、こんにちは。お手紙ありがとうございます。
僕でよろしければ、これからもお手紙のやり取りをさせていただけたら光栄です。
そんな無難な言葉を綴り、翌朝ノギスさんに封筒を預けた。
「処理しておきます」
彼女は僕の目の前できっちりと封蝋を施し、郵送員に引き渡すための鞄に丁寧に収めた。
それを見届けてから、僕はライズを起こしに彼の部屋へ向かった。
この日は午後から錬石学の実習がある。
ずっと楽しみにしていた授業で、実際に発掘作業を体験できると聞いていた。
集合場所は講義室ではなくバス停だった。錬石機関バスに乗り込み、目的地であるデュラン山脈中腹の発掘地へ向かう。
「今日はみなさんにも発掘のお手伝いをしてもらいますよ!」
キンバリー先生の元気な声が響いた。
僕たちは実習着に身を包み、鉱石ランプ付きのヘルメットと、タガネ、ハンマーを支給されている。
「先日の講義で説明した通り、この区画にはグロウリーグロウの鉱脈があります」
先生が広げた鉱脈図を、僕たちは身を寄せ合って覗き込んだ。
アリの巣のように複雑に掘り進められた坑道には番号が振られており、グロウリーグロウが発掘された地点には星印が付けられている。そのうちのひとつが、今いる場所だった。
「先週の授業で教えた手順通りに発掘を始めてください。まずは磁釘を、このように円形に六本打ち込みます」
スタン先生が実演してみせる。
頭ほどの大きさの透明な岩を囲むように、真っ黒な釘を順に打ち込んでいった。
「この範囲には結界が張られます。錬石の魔力は外へ漏れません。ですから、この内側にタガネを入れて、少しずつ削り出していくわけです」
カン、カン、と反響する音。
生徒たちは固唾を飲んで見守っていた。振動に合わせて周囲の壁がチカチカと光る。磁釘の内側だけはまったく光らず、結界が正常に機能していることが一目で分かった。
「ほら、簡単でしょう。みなさんも近くの岩でやってみてください。この辺りはほとんどがグロウリーグロウなので、多少失敗しても大丈夫ですよ」
その言葉を合図に、僕たちはそれぞれ壁に取りつき、磁釘を打ち込み始めた。
支給された磁釘は親指の半分ほどの長さで、先端にはハルティハルトの粉末が塗られている。そのおかげで、硬い岩壁にも容易に食い込んでくれる。
ライズが、僕の打ち込んだ釘の対角線上に別の釘を打ち込み、チョークで目印の線を引いた。
先生たちのように目測だけで正確に釘を配置できないため、学生はチームで協力しながら印を付けて作業を進める必要がある。
「うわっ」
近くから悲鳴が上がった。
僕の右側の壁に、ビシビシと亀裂が走る。せっかく打ち込んだ磁釘がぽろりと外れ、目を焼くような閃光が亀裂の奥から溢れ出した。
「キャー!」
「わー!」
現場は一気に騒然となる。
「みんな、落ち着いてー! ただ眩しいだけだから、大丈夫よ!」
キンバリー先生の声の通り、光は次第に弱まっていった。
やがて周囲は完全な暗闇となり、再び鉱石ランプの淡い光が感じられるようになるまで、かなりの時間がかかってしまった。
それからも、同じような騒ぎが起こった。
磁釘の位置を誤ったり、ハンマーの力加減を間違えたりして壁にひどい亀裂が生じ、内部のグロウリーグロウが破損して閃光が放たれる。
錬石の発掘というのは、本当に難しい。
そんな中、僕とライズは無事に拳大の錬石入りクォーツを発掘し、先生に提出することができた。
「良いのが採れたね! じゃあ君たちは、私と一緒に、もうひとつ先の穴に行ってみようか」
キンバリー先生は助手のひとりと、僕たち数人の学生を連れて、さらに奥の洞窟へと足を踏み入れた。
「あれー? ランプの調子が悪いなぁ……」
道中、先生はチカチカと明滅する鉱石ランプを見て首を傾げる。
「あの区域に近づいているからですかね」
「えー? 黒塗りのところは、まだだいぶ先よ?」
そんな会話をしていたので、近くにいた同級生のひとりが、「黒塗りって何ですか?」と尋ねた。
「ああ、黒塗りっていうのはね」
キンバリー先生は地面に地図を広げ、右端にランプを翳す。
「ほら、このあたり。ここからさらに一山先にある坑道なんだけど、黒く塗ってあるでしょう?」
彼女が指差した場所には、確かにポツポツと黒く塗りつぶされた箇所があった。大きな丸から小さな点まで、さまざまな形の黒いインクが地図を汚している。
「ここには黒磁石の鉱脈があるのよ」
「黒磁石?」
疑問符を浮かべる学生たちに向けて、先生はもう一枚、別の地図を取り出した。
「本来、黒磁石は大陸の外――外海に浮かぶ小さな島々で発掘されて、大陸に持ち込まれるものなの」
二枚目の地図は一枚目よりもかなり縮尺が小さく、アスティリア全域と、西側の海岸線、その先に広がる海の一部が描かれていた。海上にはいくつか島があり、その一部が同じように黒く塗りつぶされている。
「黒磁石は磁釘の原料よ。鉱脈のある辺りでは錬石魔法が使えなくなるし、土地もひどく痩せてしまうの」
だから外海の島々には、ほとんど人が住んでいないんだけど……。
キンバリー先生はそう呟いてから、一枚目の地図に視線を戻した。
「黒磁石については、まだほとんど研究が進んでいないの。数年前に突然、この黒磁石の層が報告されたのよ」
それで慌てて、その部分が黒塗りにされた。
「まだ正式な地質図を作れるほど、範囲が特定できていないのよね」
地図を畳み、再び歩き出すキンバリー先生と助手。
その道中で、先生はさらに気になる話を切り出した。
「百年前、今のスフォルド州とトゥリク国の国境付近に『裁きの光』が下されたことは、みんな知っているわね? あの一帯はいまだに立ち入り禁止区域になっているの」
それは独立戦争の前線となったスヴァンブール市周辺の話だろう。
僕の故郷、レストア村にもほど近い場所だけれど、僕は一度も見たことがない。
「区域の中がどうなっているのかはよくわかっていないんだけど、あの区域から黒磁石の地層が伸びているんじゃないか、と言われているのよ」
黒磁石化は連鎖的に起こるらしい。その反応に飲み込まれ、良質な錬石の鉱脈が黒磁石へと変質してしまった例もあるそうだ。
「貴重な錬石が失われるのは、勘弁してほしいわよね」
そんなぼやきを漏らしつつ、キンバリー先生は目的地に到着すると、僕たちに新しい課題を与えた。
先ほどとよく似た横穴で、再びグロウ錬石の発掘に挑戦するよう指示される。
「この辺りでは、『グロウリークラフト』が発掘されたことがあるの。グロウリークラフトが何と呼ばれているか、みんな知っているわね?」
「『電力石』です」
「正解!」
グロウリークラフトは雷を生み出す錬石だ。
万が一、誤って魔法を発動させてしまえば、感電死する危険もある。
「そんなに大きなものは滅多に出ないから。怖がらずに頑張ってみて!」
先生の言葉に背中を押され、僕たちはびくびくしながら発掘を始めた。
幸いなのか不幸なのか、この日グロウリークラフトを掘り当てた者はいなかった。
その代わり、グロウリーグロウの次に見つかりやすい『グロウリーハルト』――通称『変色石』が発見された。
誰かがうっかり破壊してしまったらしく、壁一面に絵の具をぶちまけたような、ひどい光景が広がる。
「せ、先生ー! 手が変な色に!!」
狼狽える同級生の声に、周囲から笑いが起きた。
「あー……あとで医務室に行きましょうか」
僕たちには、まだ発掘は早い。
そう実感したところで、この日の実習は幕を閉じた。
その後、僕たちは研究室へ向かい、それぞれの持ち場へ移動する。
「フリック! 今日は夜勤だ。第二実習棟に行くぞ!」
待ち構えていたラング先輩に声をかけられ、僕は例の古ぼけた建物へと連れて行かれる。
道中、僕は今日一日の出来事について、彼と話した。




