第二十二章(1)
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
研究報告会は、学長の短い挨拶から始まった。
「この会は、アスティリアで最も意欲的に研究に取り組んでいる研究者たちの活動を、国の責任者の皆様に知っていただくためのものです。アスティリアを発展させるための研究を、どうか最後まで余すところなくご清聴いただきますよう、よろしくお願いいたします」
パチパチパチ、とリズムの揃った品の良い拍手が沸き起こる。僕がおどおどしているうちに拍手は鳴り止み、壇上を去っていく学長の背中が視界に映った。
すぐに研究発表に入るらしく、会場では即座に人の入れ替えが行われる。
最初の発表は戦闘学系の研究室らしく、中央の講壇にはイグノドームを象徴する赤い幕が張られていた。
僕が座る二列目の客席の後ろに、新しい観衆が続々と入ってくる。彼らは、六辺が赤い六角形の章飾――『赤色章』を胸につけていた。
赤色章の招待客が揃ったところで、講演が始まった。
一人目の発表者はコリウス先生だった。
彼の研究について詳しく話を聞くのは初めてだったけど、普段の講義で教えている体力トレーニングや武具の扱い方とは、だいぶ毛色の違う内容だった。
「近年、様々な錬石が実用化され、大型の兵器などにも応用が始まっています。我々が思いつくことは、当然、諸外国も考えることです。錬石兵器を用いた作戦を検討すると同時に、いかにしてそのような兵器から身を守るかについても、考えておかねばなりません」
彼が発表したのは、錬石掘査に用いる『磁釘』を利用し、錬石を封じる結界を効率的に展開する手法についての研究だった。
『磁釘』によって形成された結界内では、錬石魔法が敵味方を問わず使用できなくなる。結界をいかに構築するか、そして結界内での戦闘では武具による原始的な攻撃が重要になる点も、強調されていた。
最後まで聞いてみると、とてもコリウス先生らしい研究内容で、実におもしろい発表だった。
次に発表したのはミラ先生だった。彼女の研究は、新しい錬石兵装に関するものだ。
「ルオンを組み込んだ弾丸の開発を進めています。この新型錬石銃は、ルオンの扱いに精通していない一般兵であっても、自由度の高い錬石魔法を行使することが可能になります」
彼女が示したのは、小型銃と弾丸の緻密な設計図だった。その機構はあまりに複雑で、僕には理解できない。
会場の参加者の中には、同業の兵装設計者らしい人たちも何人かいたようで、ミラ先生は彼らと量産化に関する議論を交わしていた。
あの銃も格好いいけれど、僕はまずスフェーンに乗ってみたいんだよな。
二年次の授業で初心者用を触る機会はあったけど、ちゃちくてつまらなかった。いつか本格的なものに乗ってみたい。
二人の発表が終わり、招待客の入れ替えが行われた。次に入ってきたのは、橙色章をつけた人たちだった。
先ほどと同様に、二つの研究室――掘査技術研究室のスタン先生と、医療錬石研究室のエレン先生――の発表が続く。
スタン先生は、デュラン山脈における元素別採石率の分布データを公開していた。
エレン先生は、最新の医療錬石の応用例について説明していた。
二人の発表は、僕にとっては少し難しく、正直よくわからない部分も多かった。それでも参考になりそうな点はたくさんあったので、あとで調べてみようと、ノートに書き留めた。
橙色章の観客が去り、今度は黄色章の招待客が席に着いた。
発表を行うのは、神政学の二つの研究室――キュービット先生とアルヴィル先生だ。
似たような授業を担当している二人だけれど、その研究内容は、目線も主張も大きく異なることが、すぐにわかった。
先に演壇に立ったのはキュービット先生だった。
「私が皆様にお伝えしたいのは、聖地研究の重要性です」
黄色章の招待客は、これまでの大柄で屈強そうな人たちとは違い、細身で厳格な表情をした人が多い。そんな彼らを睨みつけるように見据えながら、キュービット先生は淡々と語り始めた。
「先の戦争において、神子により“聖地の中立性”が宣言されました。聖地は言わずと知れた神子の故郷ですが、愚かな帝国主義によって、今や荒野と化しています」
錬石投影器によって、講壇の背後に吊るされた白幕へ写真が映し出される。そこには、枯れた巨木の根元が写っており、細い枝ばかりの貧相な森が広がっていた。
僕が聖地の現状を目にするのは、これが初めてだった。これまで僕が知っていた聖地とは、『知恵の樹と呼ばれる大樹があり、豊かな錬石資源に恵まれた神聖な土地』という、ぼんやりとした知識だけだ。
イーノスの故郷は、今、こんなにも寂しい状態になっているのか。どうりで、誰も彼を聖地に帰そうとしないわけだ。こんな場所に戻すくらいなら、風見鶏に閉じ込めておいた方がましだろう。
「聖地は帝国時代に資源を貪り尽くされましたが、想定以上に衰退が進んでおります。人の手による荒廃にしては、あまりにも早すぎる。聖地が荒野と化した要因は、他にも存在するのかもしれません」
彼は「聖地研究を合法的に進めるための方策」について説いた。“中立・不可侵”の原則だけでは何も進まないこと、他国と合同で研究を行うための説得材料について、いくつかの提案を提示していく。
「幸運なことに、現在、神子はお目覚めになっております。彼の存在を各国に正しく伝え、国内外の理解を丁寧に得ていく必要があります」
招待客たちは神妙な表情で、その提案に耳を傾けていた。マーガレットが以前、キュービット先生の出自について「謎」だとぼやいていたけれど、今の光景を見る限り、割と発言力のある立場なのだろう。
ここまでは、会場は良い雰囲気に包まれていた。
でも、続いて現れたアルヴィル先生は、すれ違いざまにキュービット先生へ挑戦的な笑みを向けた。
その表情のまま演壇に立ち――会場の穏やかな空気を打ち壊すような、ダミ声を響かせた。
「キュービット先生は、ああ仰いましたが、明らかに聖地を荒らしたのは帝国時代の残党であります。彼らは中立宣言後も密かに聖地を貪り続け、私腹を肥やしているのであります」
ダン、と勢いよく机に拳を叩きつけ、会場内に騒然とした空気が広がった。
「わたくしは、本日のこの場を借りて、皆様に迫りくる旧帝国勢力の脅威について語りたいと考えております」
ざわつく場内。すぐに静まりはしたものの、今までになかった動揺が、招待客の間に生じたのは明らかだった。
「皆様は、現在の隣国トゥリクで起きている異変をご存じでしょうか」
彼は、いつもの芝居がかった口調で、場内の隅々にまで視線を巡らせる。
「現在のトゥリク皇帝は、我々アスティリア貴族と連携し、二国の共存のために尽力している――そう、皆様はお考えかもしれません」
白幕に映し出されたのは、現トゥリク皇帝の写真だろう。形の良い白い髭が印象的な、厳つい老人だ。ゼノさんほどの体格ではないが、ただ者ではなさそうな迫力がある。
「問題は皇帝ではありません。トゥリクには、旧帝国勢力の『過激派』と呼ばれる者たちが存在し、平民に紛れて暗躍しているのです」
彼は手にしたステッキを空中にかざし、文字を書く。不思議なことに、先端から放たれた白い光が線を描き、空中に言葉が浮かび上がった。
「過激派の存在をご存じない方も多いでしょう。彼らは爵位を剥奪され、財産も没収されましたから、これまでは特に害のない存在でした」
光の文字に、誰も驚いた様子を見せない。どうやら、貴族の間ではよく使われる道具なのだろう。“光のチョーク”とでも呼べそうなそれで、彼は次の単語を書き記した。
「『トゥリクの魔女』。わたくしどもは、そう呼んでおります。どこからともなく現れた、この謎の女を、過激派の面々は担ぎ上げているのです」
トゥリクの魔女……?
初めて耳にする話だった。僕が他国の事情に疎いだけかもしれないけど、周囲の招待客たちも、驚いたように目を見開いている。
「わたくしは、この謎の女――『トゥリクの魔女』について研究を進めております。この女が、我々アスティリア国民に害を及ぼさぬよう、警戒を怠るわけにはいきません」
彼は研究の重要性を執拗に繰り返し、制限時間いっぱいまで使い切った。
結局、この場で『トゥリクの魔女』の詳細が語られることはなかったけど、国の要人たちに危機感を植え付けるには、十分すぎるほどのインパクトだったと思う。
黄色章の招待客から緑色章の招待客へと入れ替わり、続いて報告を始めたのはヘルムート先生だった。彼は、仮想敵国として隣国トゥリクを想定した場合の、戦術的観点から見たアスティリア国境部の地形について語った。
僕は彼の専門分野にはあまり興味が持てず、ちんぷんかんぷんのまま発表を聞き流す。
そしてその後、ついに姿を現したのが、今日の僕の目的であるハックフォード先生だった。
カツカツと鋭く踵を鳴らしながら現れた彼は、講壇に立つ直前、ふと僕のほうへ視線を向ける。
――ニヤリと笑った、気がした。
その後何事もなかったかのように表情を引き締め、観客へと向き直る。
「私の研究室では昨年度から、この国にとって非常に重要な研究を行っております。この研究は、そこにいらっしゃる双帥、クロム・フェルトラ様からの密命によるものです」
彼の言葉に合わせて、一列目の中央に座っていた六色章の男性が立ち上がり、客席に向けて一礼した。
『双帥』――たしか、国で最も偉い役職だ。
上級貴族から構成される国営党の中から選ばれる、任期四年の最高権力者。一度に二人がこの任に就くと聞いているが、もう一人も呼ばれているのだろうか。平民の僕には、よくわからない。
「長年、我々は神子様の故郷を蘇らせることを悲願としてきました。しかし、聖地にあるという『知恵の樹』は奇跡の力を失い、その力が復活する兆しはいまだ見えておりません」
講壇の白幕には、先ほどキュービット先生の発表の際にも映し出されていた聖地の写真が投影される。
何度見ても寒々しい光景で、胸の奥がきゅっと痛んだ。
「かつて神子様は、多くの臣下を従え、この地を治めておられました。実り豊かな土地で、何不自由なく……。我々はそれを知りながら、不信者に荒らされたこの大地を、どうすることもできず、歯噛みしてきたのです」
芝居がかった口調なのは明らかで、これがハックフォード先生の本心ではないことは、僕にもわかる。
それでも、周囲の六色章の人々は神妙な顔で頷いていた。
――嫌な予感がする。
アルヴィル先生のときと同じ、不穏な空気を、僕はハックフォード先生から感じ取っていた。
彼は自信に満ちた表情で、再び口を開く。
「しかし我々は、ただ指をくわえて待っていたわけではありません。聖地を復活させるための手立てを、常に模索してきました――そして今、重大な事実が明らかになったのです」
ハックフォード先生は、会場に向かって高らかに手を掲げる。
そして、とんでもないことを言い放った。
「私が昨年度の研究で明らかにしたのは、『知恵の樹を生み出す方法』です。知恵の樹とは、驚くべきことに――人の手によって生み出すことができる奇跡だったのです」
今日一番のざわめきが、場内を満たした。
ハックフォード先生は舞台袖へと目配せし、助手の先生たちに何かを運び込ませた。




