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衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
2年目

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第十章(3)

 二年次の科目は、一年次よりも専門性が高くなるが、まだ基礎を幅広く学ぶ段階でもあるらしい。

 一週目の講義はすべてガイダンスで、主担当の先生がそれぞれ講義の概要を説明してくれた。

 一番人気なのは、やはり戦闘学のミラ先生だった。

 彼女が主に担当するのは、『兵装基礎演習』と『戦闘錬石操作基礎演習』。ミラ先生が設計したスフェーンなどの兵装を実際に操作したり、錬石魔法を用いた実習ができるということで、生徒たちは色めき立っていた。

 ただし、どちらの講義にも相変わらずコリウス先生による基礎鍛練が付いてくるらしく、楽しいだけでは済まなさそうなのが唯一の難点だった。

 次に人気なのは、錬石学のスタン先生・キンバリー先生夫妻が担当する『錬石掘査基礎実習』。

 こちらも錬石に実際に触れられる科目で、風見鶏の花形講義と言っていい。

 この一週間、僕たちはさまざまな講義を受けながら、悩みに悩んで時間割を考えていた。

「あなたたちは、どういう時間割にする予定なの?」

 夕餉を共にしながら、マーガレットが僕たちに尋ねてくる。

「わたしはイグノドームで戦闘学専攻だから、戦闘学の科目は必修なのよ」

「僕たちは錬石学専攻だから、錬石学科目が必修で、それ以外は比較的自由なんだよね」

 『風見鶏の錬成師』を目指す以上、戦闘学も為政学もまったく履修しないわけにはいかない。

 どうせなら、興味を持てそうなものはできるだけ取っておきたいと思っていた。

 マーガレットも同じ考えらしく、錬石学や為政学の科目もひとつは履修する予定だと言う。

「錬石学系の座学は、わたしには少し難しそうだわ。履修するなら、やっぱりスタン先生のところの実習にしようと思うの」

 錬石学系の座学といえば、サファー先生とアイビー先生の担当科目がそれにあたる。

 先ほど受けた彼女たちの講義は、確かに人を選びそうな内容だった。


「おはよう~。ハチゴ生のみんな、ハチヨン生もいるかな? お久しぶり~」

 サファー先生の明るい笑顔を見るのは久しぶりで、少し嬉しくなる。

 彼女は錬石学系の授業、『錬石基礎構造学』で僕たちの前に現れた。

「ハチゴ生の学年担任は、引き続きわたしだからね。困ったことがあれば、いつでも来ていいよ!」

 ほっとした気持ちになったのも束の間、彼女は黒板に、流れるように専門用語だらけの公式を書き始めた。

「この授業で教えるのは、錬石を割らなくても、そこから紡ぎ出される魔法効果を予測する方法だよ。これが理解できるまでは、錬石は割らせません。もったいないからね」

 言いたいことはよくわかる。

 けれど、錬石学の座学は、悲しいほどに華がない。

 対して、もうひとつの錬石学系授業、『錬成特性理論入門』。

 担当のアイビー先生は、サファー先生を強く意識しているのが丸わかりの講義を展開し、僕たちの苦笑いを誘った。

「錬石構造学とかいう、カビ臭い化石みたいな授業をやっている教授がいるそうだけど」

 彼女がカツカツと黒板に書いたのは、結局サファー先生とよく似た、難解そうな公式だった。

「あたしが教えるのは、実用的で最新の学問ばかりよ。この一年で、その違いが分かるようになるから。楽しみにしていなさい!」

 正直に言えば、どちらの授業も華がないことに変わりはない。

 たぶん、錬石学専攻の生徒以外は、この二人の授業を受けないだろうな――そんな気がした。


「ミラ先生の講義は面白そうでしょ? あなたたちも、もちろん履修するわよね!」

「うん。彼女の担当のどちらかは、受けておきたいな」

 僕はそう言ったけれど、ライズは露骨に嫌そうな顔をして、「演習より座学のほうがいい」とぼやいた。

「でも戦闘学の座学って、ヘルムート先生のところか、ハックフォード先生のところでしょ?」

 僕がそう言うと、ライズはさらに顔をしかめる。

 ヘルムート先生もハックフォード先生も、非常にアクの強い先生だ。

 ヘルムート先生が担当するのは『軍略基礎論』。

 個人の戦闘技術を学ぶミラ先生やコリウス先生とは異なり、国対国のような大集団の戦闘を扱う授業である。

 ガイダンスで、彼はこう語っていた。


「個人の技能など、集団の中では何の意味もない。国の指導者として最も大切なのは、我が『戦術統合研究室』の教えだ! 他の学問など、オマケのようなものだ!」

 彼はいつも自信満々で声が大きく、持論を一方的に押し付ける。

 アイビー先生も似たところはあるけれど、自分の学問以外を露骨に軽んじるその論調は、どうしても印象が良くない。

 授業内容がどうであれ、あまりお近づきになりたくないタイプの先生だった。

 一方、ハックフォード先生は一年次にはほとんど授業に顔を出さなかったため、今回『軍用錬石機構概論』のガイダンスに姿を見せたときは、正直かなり驚いた。

「私が研究する“軍用錬石”というものは、国で最も機密性を要する分野です。少なくとも、戦闘学を主専攻に選んだ生徒にしか、詳細を教えるつもりはありません」

 イグノドームとティフォニードーム以外の履修希望者は、別途課題を提出しろなどと言い出したので、僕は思わず引いてしまった。

 彼の授業は、こちらから願い下げだ。

 たぶん、この二人の先生の顔を思い出したのだろう。

「……まあ、どうせ受けなきゃいけないんだし、融通が利きそうなところを選んだほうがいいかもね」

 ライズは、そう考え直してくれたようだった。

「為政学系の授業は、何を取るつもり?」

 マーガレットにそう問われて、僕は学長に言われたことを思い出す。

 ――『神政学基礎』を履修してくれないか。

 キュービット先生には抵抗感があったものの、錬石学や戦闘学のクセの強い先生方に比べれば、彼の授業はだいぶ穏やかに思えた。


「私の講義は、教科書に沿って進めます。教科書に沿うということは、つまり国の方針に沿うということです」

 相変わらず淡々とした口調で、無表情を張り付けたまま語る先生。

 条件反射のように眠り始めるライズを一瞥もせず、彼はじっと僕のほうを見て言った。

「教科書通りの教え方は、若いあなた方には退屈に感じられるかもしれません。しかし、“国の方針に沿う”とはどういうことなのかを考えながら講義に臨めば、より良い学びに繋がるはずです」

 もしかすると、キュービット先生も学長に依頼されたのかもしれない。

 ――“僕に、この講義を履修させるように”。

「国の繁栄を望む、本当に優秀な方にこそ、この講義を履修していただきたい。よろしくお願いします」

 淡々とした語り口とは裏腹に、彼はとても誠実な大人に見えた。


「一コマ目にあるやつは、やめておこうよ」

 ライズがボソリと呟く。

 起きられないからだろうな、と思いつつ、僕は『神政学基礎』が一コマ目に入っていないことを確認した。

「『神政学基礎』はどうかな?」

 僕が提案すると、二人は少し意外そうな顔をする。

「わたしはいいけど……あなたは大丈夫なの?」

「ああ、うん。たぶん、もう目はつけられていないと思うし」

「そう?」

「いいよ。あいつの授業、楽だし」

 ライズも特に異論はなく、提案はすんなり受け入れられた。

 こうして僕たちの二年次の時間割は決まり、次の週から新学期が本格的に始まった。


 サファー先生の『錬石基礎構造学』の初講義。

 思った通り、ガラガラの講義室は落ち着いた空気に包まれていた。

「みんな、受講してくれてありがとう! 一年間、一緒に頑張ろうね!」

 その笑顔を見た瞬間は、「受講して良かった」と心から思った。

 けれど、その直後に黒板へ並べられた専門用語の数々との落差が、あまりにも激しい。

「単晶の形に集合した結晶が、より小さな単晶の集合体の形に割れることを『劈開』といいます。劈開面はスパッとした平面になり、とても特徴的なんですよ」

 錬石が割れていく様子と、そこから解放される魔力との関係について、先生は授業時間いっぱいを使って語り続けた。

 あまりに専門的で、正直なところ辟易しかけていたのだけど――

「小さな粗結晶であっても、ガイドを掘るなどして上手く割れるようにすれば、大きな魔力を錬成できるんですよ」

 そう言って先生は、小さな錬石に不思議な模様が刻まれた『ガイド付き錬石』を皆に見せてくれた。

 そこには、なんとも言えない機能美があった。

 僕は思わずドキドキしながら、その石に見入ってしまう。

 派手さはないけれど、錬石構造学は十分に面白そうな授業だった。

 それに呼応するかのように、アイビー先生の『錬成特性理論入門』の初講義も行われた。

「あの女から、ガイドとかいう話を聞いたでしょう。みみっちく粗結晶に傷を入れて、かけた手間に対して得られる効果は大したことないの」

 実用に必要なのは、コストパフォーマンスよ!

 アイビー先生はバン、と黒板を叩き、『結晶錬成』という言葉を書き示す。

「一般的に『錬成』というのは、錬石を崩壊させて魔法を練り出すことを指すわ。でも学術的には、もうひとつ――『結晶錬成』という概念が存在するの」

 彼女の説明によれば、高温や高圧といった過酷な環境を経ることで、錬石がより高度な魔力構造へと変化することもまた『錬成』に含まれるらしい。

「錬成によって、単晶を連晶へと進化させる。それこそが人類の叡智であり、新時代の錬石活用法なの!」

 彼女は黒板一面に数式を書き連ね、ガイド付き単晶に対して、連晶がいかに優れているかを証明してみせた。

 もっとも、その証明が本当に正しいのかどうかは、僕にはよく分からなかった。

 サファー先生の話も、アイビー先生の話も、どちらも興味深く、学ぶ価値があるとは思う。

 それでも僕は、心のどこかで首をかしげていた。

 父さんが提唱していたやり方は、どちらの講義内容にも当てはまらない。

 父さんの研究していた学問は、父さん自身の言葉で言うと『創晶』という。

 必ずしも連晶を作るわけではないが、考え方としてはアイビー先生の言う『錬成』に近い形で結晶を再構成するものだ。

 しかも、穏やかな条件で生成されるため、結果としてサファー先生の扱う単晶ができやすい。

 ただし父さんの錬石は、純粋な単晶であるがゆえに、ガイドを掘る必要がないほど、綺麗に割れる。

 ――やっぱり父さんの研究は、第三の基礎錬石学として研究されるべきだ。

 僕は、自分が『創晶学研究室』の教授となり、教壇に立つ未来を想像して、密かにニヤついていた。

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