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衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
1年目

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33/118

第九章(1)

 十一月の二週目から、ついに進路希望調査の面接が始まった。

 錬石学基礎Ⅰの授業後、スケジュールが書かれた紙が黒板に張り出される。

 それによると今日の午後一時から、紙に書かれた順番にひとりずつサファー先生の研究室を訪ねて話をするらしい。

 順番は部屋番号の並びだったので、僕はライズの次の予定になっていた。

 ひとり三十分程度だと言われていたから、僕はライズと一緒にサファー先生の部屋まで行き、廊下で順番が来るのを待つことにした。

「三十分も話すことなんかないよ。すぐに終わるから」

そう言い残し、ライズは扉をくぐっていく。

僕は彼の言葉を信じていたけど、期待通りにはいかなかった。

 始まって五分ほど経った頃だったか。

 三つ先の扉がガチャリと音を立てて開く。

 ずかずかと足音を響かせて近付いてきたのは、アイビー先生だった。

 彼女は僕なんか一瞥もしないまま、サファー先生の部屋の扉をバタンと開け放つ。

 ギョッとした顔でこちらを見るライズとサファー先生に、彼女は捲し立てた。

「あんたね、勝手なことをしないでちょうだい! コイツの進路はもう決まってんの! 希望調査なんて勝手にやらないで!」

 バタン、と再び扉が閉まる。

 その直後、部屋の中からさらに怒鳴り声が漏れてきた。

「あんたも勝手なこと言い過ぎ! 中退なんて出来るわけないでしょ?! おとなしく言われた通りにやってなさいよ!」

 残り二十五分、アイビー先生は延々と怒鳴り散らし、面接の終了予定時間ぴったりに部屋から出てきた。

 やはり僕には一瞥すらくれず、そのまま自分の部屋へ戻っていく。

 疲れ切った顔のライズが出てきたのは、その一分後だった。

「きみの番だよ」

「え、あ、うん」

 ライズはフラフラしながら寮へ戻っていく。

 僕は心配しつつも、先生に呼ばれた以上、部屋へ入らないわけにはいかなかった。

「ようこそ、フリックくん。そこに座って」

「はい。失礼します……」

 先生の机の前に置かれた小さな椅子に腰かける。

 サファー先生は、さっきの騒ぎなんて綺麗さっぱり忘れてしまったかのように、僕の成績簿らしき書類をめくりながら言った。

「フリックくんは、とても成績が良いね! まんべんなく良いから、どこを希望してくれても大丈夫だと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 先生は頭の切り替えが早いな。

 当事者じゃない僕の方が、全然切り替えられなくて狼狽えているのに……。

「あの……先生」

「何かな?」

「さっきのあれ……大丈夫だったんですか」

「あれ?」

 僕がおずおずと尋ねても、先生はピンと来ていない様子だ。

「さっき、アイビー先生が……」

 そこまで言ってようやく「ああ!」と声を上げる。

「ごめんね、びっくりしたでしょう」

「はい、ちょっと……。ライズは大丈夫なんでしょうか? 元気がなさそうでしたけど……」

「大丈夫だよ。アイビー先生ったらね、ライズくんのことになるといつもああなんだよ」

 いつもああなのか……。

 僕の中で急激に不安が増す。それは大丈夫とは言わないんじゃないか。

 ニコニコ笑うサファー先生は、さらに問題発言を投下した。

「アイビー先生はライズくんのことが大好きなんだよ。昔からね。とっても良い叔母さんだよね」

「…………?!」

 いやいや、その認識はどう考えてもおかしい。

 どこに良い叔母さん要素があるんだ?

 サファー先生は、たまに突拍子もないことを言うのが魅力ではあるけど、今回は同意しづらい。

「本題に入ろうか。フリックくんは、どの分野に進みたいのかな?」

 いつまでも友人の話を引きずるわけにもいかない。

 僕も気持ちを切り替えることにした。

「えっと。僕は錬石学専攻に進みたいと思っています」

「わあ、嬉しい。是非わたしの研究室に来てほしいな」

 彼女は少女のようにはしゃぎながら言う。

「フリックくんは問題なく第一希望が通ると思うから、大丈夫だよ。フロウリードームでいいのかな?」

「はい、フロウリードームでお願いします」

 フロウリードームは、サファー先生の錬石構造研究室と、アイビー先生の錬成工学研究室の生徒が入る寮だ。

 もう一つの錬石学の寮、ハルティドームも捨てがたいけど、そちらは採掘や医学利用が中心で、僕の興味とは少し外れている。

「普段の生活とか、二年生に上がる時の不安とか、何か気になることがあったら話してね」

「えっと……」

 悩んでいることは沢山ある。

 だけど、何を話すべきか……。

 時計をちらりと見て、あまり時間がないのを残念に思う。

 欲張らずにひとつだけ――あの話にしようと決めた。

「あの……ちょっとだけなんですけど、悩んでいることがあって」

「なんだろう?」

 意を決して、口を開く。

「僕、なんだか色々と期待されているみたいなんです。でも僕には荷が重いというか……頑張ってみてはいるんですが、ちょっと疲れてきてしまって」

「期待? 何のことだろう。学業の話かな?」

「いえ。たぶん、七不思議のことで期待されているみたいです」

「七不思議のこと?」

 サファー先生は、不自然なほど首を深くひねり、僕の顔を覗き込んだ。

「一体だれが、そんなことを君に期待しているんだろう」

 僕は考えを整理するために、少しだけ口をつぐんだ。

 期待――僕はこれまで、本当に多くの人から期待を向けられてきた。

 コリウス先生に、ディクティス、キュービット先生。

 彼らは僕に七不思議についての“何か”をしてほしいと思っていて、僕の動きを待っているように見える。

 だけど、そのさらに前。

 最初に僕に期待を向けてくれた人が一人いた。

 おそらく、あの人の期待がすべてのはじまりで、他の人たちの期待は、その後に連なるものだ。

「――学長です。学長のおかげで僕はこの学校に入れました。だから学長は、平民の僕に七不思議を調べてほしいんですよね?」

「学長??」

 すっとんきょうな声が返ってきた。

 思っていたものと違いすぎる反応に、僕は目を瞬いてしまう。

「え……学長は僕に期待しているんじゃないんですか?」

「もちろん期待しているよ。でもそれは、七不思議なんかとは関係ないと思うけどね」

「えっ、そうなんですか?」

 僕は愕然としてしまう。

 だって、コリウス先生は言っていた。

 ――恐らく学長は、お前も七不思議を動かせるんじゃないかと期待している。

 ディクティスも言っていたじゃないか。

 ――フリックは期待の新人さんなのです。めいっぱい遊んで、学長に報告するのです。

 彼らは嘘をついた?

 いや、あの人たちはサファー先生の知らない地点にいる。

 サファー先生のほうが事情を知らないだけ――そんな気もしてくる。

 僕の胸のざわつきとは対照的に、サファー先生は達観したような、やわらかい表情で言った。

「君が風見鶏に入りたかったのは、七不思議を調査したいからじゃないよね?」

「はい……違います」

「君は入学試験の面接で、学長先生に言ったはずだよ。君がやりたいことを伝えて、それが認められて入学したの。それ以上のことは何もないよ。学長が君に期待しているのは、それだけだよ」

「そうなんですか……?」

「だから頑張って。君が本当にやりたいと思ったことを、やりたいようにやってごらん」

 笑顔がまぶしい。

 面談を終えた僕は、何だか憑き物が落ちたような気分になっていた。

 僕は勘違いしていたのか。

 僕が勝手に背負っていた荷物は、本当は必要ないものだったのか?

 そんなふうに考えていた、その日の晩。

 追い打ちをかけるような事件が起こった。


 部屋のドアをコンコンと叩く音が聞こえた。

 開けると、ノギスさんがそこにいた。

 入学式の日と同じように、

「ジータ学長が、あなたにお会いしたいと言っております」

そう言って、僕を連れ出した。

 学長の部屋は、この学校で一番背の高い時計塔の中にある。一階部分は柱とアーチで構成された、扉も何もない空間で、大理石の床だけがある。

 見上げると天井に真ん丸な穴が空いていて、そこから淡い光がこぼれている。

 夜に見ると、この穴、月みたいだな。

 夏祭りの送り火の時、ライズがそんなことを言っていた気がする。

 正確には、願いごとを書いたランタンを空に放とうとした僕らに向かって、

「学長の部屋に紙くずを投げ込んだ方が確率が高い」

などと言ったのだが――彼もまた、あの穴を月のように感じたからなのだろう。

 ノギスさんの操作で、僕たちは天井の穴へと吸い上げられ、その後はポコポコとした妙な形のランプが並ぶ階段を上った。

「失礼します」

 ノギスさんのノックの後、迎えてくれたジータ学長は、相変わらず長い髭と眉毛に隠されて表情がよく見えない。

 どうぞどうぞと僕を長椅子へ誘導する声は弾んでいて、とても機嫌がよいことが分かる。

 部屋を見渡すと、前回来た時と同じように、妙な形のランプがひしめき合う不気味な空間だった。

 いつも学長の横にいるディクティスの姿はない。今は神子の棺を見張っているのだろう。

 前回と同じく、紅茶かコーヒーかを尋ねられたので、僕は「お水で良いです」と答えた。

「フリックくん。どうだね、学校生活は順調かな」

「は、はい。とても充実しています」

「そうか。それはよかった」

 学長はノギスさんの淹れた紅茶を嬉しそうに口にしながら、ゆっくりと頷く。

「担任の先生から聞いているよ。フリックくんはとても成績が良いし、クラスの皆とも仲良くしていると」

「はい。今のところ、問題なく過ごせています」

 小さな問題はあるけれど、学長に告げ口しなければならないほどのものはない。

 その含みに気づく様子もなく、学長はのんびりと頷いた。

「問題なく過ごしているフリックくんに、どうしてわざわざご足労いただいたのか、不思議に思っているよね」

「は、はい……ちょっとだけ……」

「実はひとつ、お願いしたいことがあってね」

 僕は、ごくりと唾を飲み込む。

 ついに学長直々に、「七不思議を調べてほしい」――そう告げられるのだと思った。

 ガチガチに身構える僕をよそに、学長は隣のサイドテーブルから一冊のノートを取り上げ、机に置いた。

「これは、君のお父上が送ってくれたノートだよ」

「父が?」

「錬石の研究について書かれている。とても興味深い内容だ」

「そうですか……」

 続いて彼はサイドテーブルに手を伸ばし、手のひらに収まるほどの小箱を机に置いた。パカッとフタを開けると、小指の爪ほどの小さな結晶が入っていた。

「これは君のお父上が生前、私に贈ってくれた錬石だ。『ティフォニーイグニド』。非常に珍しい“完全変色”の錬石だよ」

「完全変色?」

「見ていなさい」

 学長は鉱石ランプとろうそく灯を用意し、石を交互に近付けて見せた。鉱石ランプに照らされた石は鮮やかな緑色をしていたが、ろうそく灯に照らされた瞬間、深い赤色に変わる。

「わあ、きれいですね」

「ここまで完全に変色するものは、私も初めて見たんだよ。君のお父上は本当に優秀な研究者だ」

「どうして父はこれを送ってきたんですか?」

「この石には、天然ではあり得ない特徴がある。だから、お父上の研究が実際に進んでいたという“物的証拠”として私のもとへ送られたのだよ」

 学長は石をそっと机に置き、今度はノートに視線を落とした。

「この研究ノートに、彼の研究――“創晶”について記されている。この『ティフォニーイグニドの完全変色結晶』の作り方もね」

 薄いノートがパラパラとめくられ、父の字がぎっしりと詰まったページが次々と現れる。懐かしさが胸に押し寄せた頃、学長が今回の本題を語り始めた。

「君にお願いしたいことというのは、この『ティフォニーイグニド』の件だ」

 彼はノートを閉じ、僕の方へ差し出した。

「もうすぐ一年が終わる。君が実家に戻ったとき、この研究の“追試”をしてもらえないか」

「追試……ですか?」

「同じものを、もうひとつ作ってもらいたい。この実験に必要な材料は特殊だから、たぶん君の実家でしか手に入らない」

「はぁ……」

 思いがけない申し出だった。僕は錬石については完全な素人なのに。

 なんとなくノートを受け取りながら、生返事をしてしまう。

「君には少し早いかもしれないとは思った。しかし成績も優秀だし、実家にはお父上が遺した物がたくさんあるだろう。この錬成はとても時間がかかる。できれば早めに取りかかってほしかったんだ」

「もうひとつの石ができたら、どうするんですか?」

「是非、割ってみたいと思ってね。そこからどんな魔法が紡がれるのか……非常に興味がある」

 なるほど。確かに、ひとつしかない貴重な錬石を割る気にはならない。

 僕はその気持ちに納得し、こくりと頷いた。

「わかりました。僕にできるかどうかはわかりませんが……挑戦してみます」

 

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