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衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
1年目
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第一章(3)

「遠路はるばる、お疲れだろう。呼び出してしまって申し訳ないね」

「い、いえ。とんでもありません、ジータ学長」

 彼は僕の目の前の、ひとりがけの椅子に座る。彼のペットだろうか、口髭と同じ真っ白な毛並みの背の高い犬が、スッと彼の横にお座りした。

「紅茶がいいかね、珈琲がいいかね」

「えっと、お水で構いません」

 学長は手を上げてノギスさんを呼び寄せ、僕と学長二人分の飲み物を頼む。彼女が一礼して出ていったので、部屋には僕と学長だけが残された。

「フリックくん。冬の面接で会ったとき以来だね。あの時は首都で会ったはずだから、君がベルフォートまで来るのは初めてだろう? どうだね、この辺りはびっくりするくらい寒いだろう」

「は、はい。春なのに雪が残っていて驚きました」

 学長はカラカラと笑う。その後二、三言ほど取り留めのない話をし、僕の緊張は徐々に緩む。

「これから説明があるだろうが、冬には長期の休校がある。冬場は身の安全が保証できないほどの積雪があるのでね、学校から離れてもらうんだ」

「封書で送っていただいた学校案内で、年間のスケジュールはおおかた把握しています」

「そうか。それで、フリックくんはどう思った? この国には他にも良い土地はごまんとあるのに、何故ベルフォートに学校があるのか。こんな辺境の地に、国で一番の優秀な人材が集められていることに、疑問を感じたんじゃないだろうか」

 僕は目を丸くする。改めて言われてみたら、奇妙なことのように思える気もしたけど……今までそのような疑問が浮かんだことはない。

「学長。それは、ベルフォートが隣接する二つの山脈に、この国有数の鉱脈があるからじゃないんですか?」

 おずおずと発言した僕に、学長はズイッと前のめりになる。目の前に口髭が迫ってきて思わず仰け反ったが、どうやら彼はキュッと上がった自分の口角を見せたかったようだ。

「その通りだよ、フリックくん。君はやはり見所があるね」

「あ、ありがとうございます」

 学長は満足そうに頷くと、椅子の背もたれにゆったりと背中を落ち着けた。

「この学校は、国定三学を研究しているといっても、やはり錬石学が最も重要だ。だからこそ拠点はここでなくてはならなかった」

「はい……わかります」

「そして、最先端の錬石学を学んでもらいたいのは、君のような熱心な学生なんだよ、フリックくん」

「こ、光栄です」

「最近の学生は、温室育ちの子供ばかりでね。言いつけは良く守るが冒険心がない。私はね、君のような自主性のある子供に是非学舎に来て欲しかった」

 コンコンとノックが聞こえ、失礼しますとノギスさんの声がした。彼女はローテーブルにカップを並べ、一礼して部屋の隅に立つ。学長は紅茶を頼んだらしい、フワリと甘酸っぱい匂いが流れてきた。

 学長は目の前のカップを手に取り、一口だけ紅茶を含んでから、僕に視線を戻す。

「君の入学を決めたのは、私の独断なんだよ。反対意見も多かった」

「そうなんですか」

「ああ。だから、学校生活で気分を悪くすることもあるかもしれない。生徒だけでなく、先生方も気位の高い者が多いからね」

「…………」

 僕は思わず沈黙してしまう。ここに来るまでに出会った人たちの反応が脳裏に蘇ってくる。僕の不安そうな様子に気付いたのか、学長は励ますようにカラカラと笑って言った。

「大丈夫、大丈夫だよ、フリックくん。困った人がいたら私のところに言い付けにおいで。君が如何に優秀な生徒か、嫌ってほど語り聞かせるから」

「あ、ありがとうございます……」

 そうは答えたものの、わざわざ学長に告げ口に行くなんてできないだろうなと思う。

 学長が気さくで良い人だと言うのはよくわかったけど、僕の心境は複雑だった。どうしてこんなにも僕に期待してくれているんだろう?

 僕は去年の秋に突然、学校から招待状を受け取った。それまで学校の誰とも面識がなく、貴族の知り合いすらいない平民の僕に、アスティリアの国立学校から『入学試験の面接に来て欲しい』との書簡が届き、村中が騒然となった。

 どうしてそんな奇跡が起こったのかはわからない。だけど僕はこの『風見鶏』と呼ばれる学校を知っていたし、ずっと憧れてもいた。故郷で小さな国立研究所の下請けをやっていた父が生前、『最先端の錬石学の研究所がベルフォートに建つらしい』と、鼻息荒く話すのを覚えていたからだ。

 父は趣味で錬石の勉強をしていた。専門の学校に通ったことはなく、全て独学だったけど、ものすごいのめり込みようだった。僕は彼が集めた専門書を読んで育ち、父のように錬石の研究がしたいとずっと思っていた。

「突然面接に呼ばれて驚いたと思うのだけど、どうして君が入学試験を受けることができたか、知っているかい?」

「いえ……」

 そう答えたけど、おおかたの予想はできていた。父が死の直前に、誰かに向けて手紙を書いていた。あれが原因だろうとなんとなく気が付いていた。

「君の父上、リックス・ラーベス殿から手紙が届いてね」

 やっぱりそうか。僕は大きく表情を変えずに頷いてみせた。

「お父上は立派な研究者だ。彼は素晴らしい論文と、研究成果を私に送り、君という優秀な助手を紹介してくれた。『自分の研究に興味を持ってくださるなら、余命短い自分の代わりに、優秀な我が息子を研究者にしてください』と彼は私に伝えてきた」

「そうだったんですか……」

 僕の目の奥がジワリと熱くなる。父はきっと自分自身が本物の研究者になりたかっただろう。だけど長年の無理が祟って体を壊し、去年の春に亡くなってしまった。父宛の手紙が何通か届き、母がその相手に父が亡くなったことを返信していたけど、おそらくその相手が学長だったのだろう。

「リックス殿の研究を引き継ぐように、当校の先生方にも打診してみたのだが、良い返事が得られなかった。彼の研究を続けたいなら、やはり君が研究者になるしかないだろう」

「はい……」

「初等学校を出ていない君が、勉強に付いていくのは大変だと思うけど、君は筆記試験の成績も悪くはなかった。充分やっていけると思うよ」

 頑張ってくれ。学長はポンと僕の肩を叩き、激励の言葉を述べる。僕はまっすぐ学長の目を見つめ、力強く頷いてそれに答えた。

 学長との対談は、そこで終わりとなった。

 ノギスさんに連れられ、グロウリードームに戻る。エントランスの柱時計は五時を指していた。まだ一時間ほど自由時間がありますと告げ、ノギスさんはロビーの反対側の廊下へと去っていく。

 ロビーから談笑の声が響いていた。同級生たちが早速交流を深めているのだろう。僕は身を縮めて階段に向かい、できるだけ足音をたてないように自分の部屋に急ぐ。

 友人を作りたい気持ちはもちろんあるけど、身分の違う彼らとうまく話す自信がまだ持てない。部屋に帰っても、あのライズという気難しい同居人がいるから寛げないんだけど……。

 若干気落ちしながら五階に辿り着く。すると、部屋の前のスペースに置かれたソファーに人影があることに気が付いた。

「マーガレット……?」

「あら! フリック」

 僕の声にパッと顔を上げた彼女は、こちらに満面の笑みを向ける。

「やっぱりあなたも新入生だったのね。わたしのほうが正しかったんだわ」

 僕のことを覚えてくれていたなんて。嬉しさに思わず頬が緩むのを隠しながら、僕は彼女に問い掛けた。

「あの、マーガレット。もしかして隣が君の部屋?」

「え? 隣って、この部屋のこと?」

 彼女はG2の扉を指差し、アハハと豪快に笑う。

「そんなわけないじゃない! わたしは頭が良くないの。この学校には奇跡的に入れたのよ!」

 マーガレットは笑いながら、わたしの部屋はG20よと教えてくれる。

「じゃあどうして、こんなところにいるの?」

 僕の問い掛けに、彼女はピタリと笑うのをやめる。

「あ、もしかして、聞いちゃ駄目なこと……?」

 突然醸し出された禍々しい雰囲気に、僕はオドオドしながら彼女の機嫌を窺った。

「あのね、フリック」

 黒いオーラが立ち上っている。

「もしあなたが、その部屋の住人なのだとしたら、わたしのお願いを聞いてくれないかしら……?」

「お、お願い……?」

 何だろう。他でもないマーガレットの頼みなら、できる限り叶えてあげたい気はするけど……。

 彼女は立ち上がり、ズンズンとこちらに迫ってくる。あっという間に間合いを詰めた彼女は、僕の手を取り胸の前で握りしめ、さらに鼻の先まで顔を近付けて言った。

「わたしとお友達になってほしいの」

「お、お友達……?」

 心臓がバクバクしすぎて苦しい。キラキラした空色の瞳が目の前にあって、吸い込まれそうになる意識をなんとか保つのに必死だった。

「わたしは、この学年の首席とお友達になる必要があるの」

「首席とお友達……?」

 ん? なんだかおかしいぞ。僕はくらくらする頭をなんとか持ち直して、彼女の発言に耳を傾ける。

「だからお願い! わたしとお友達になって、フリック!」

「え、えっと……」

 僕は困ってしまった。マーガレットは首席とお友達になりたい? それなら僕ではなく、ライズとお友達にならなければならないんじゃないのか。

「わたしとお友達になるのは嫌? フリックもわたしみたいなお馬鹿な子は嫌いなの?」

「そんなことはないけど……」

「じゃあ、お友達になってくれるのね?」

 そんな顔をされて、断れるわけがないじゃないか。僕が頷くと、彼女は両手を天井に上げて狂喜の叫び声を上げる。

「やったー! やったわ! これでわたしの将来は安泰よ!」

 将来は安泰? もう、全くわけがわからない。僕はくるくる踊りながら喜びを表現する彼女の姿を、しばらくの間呆然として眺めていた。


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