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衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
1年目
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第一章(2)

「入学書類に同封しました、入寮案内に皆さんの部屋番号が書かれています。夕餉の時間までおくつろぎください」

 部屋番号? 僕はカバンから茶封筒を取り出し中身を確認する。入寮案内と書かれた冊子の一番上に、赤いインクで記号が書かれている。

 『G1』が僕の部屋のようだ。車輪のついた大きなカバンを引きずっていく同級生たちの後について、僕は寮の入り口を潜る。

 石造りの外観からは冷たい雰囲気を感じていたけど、寮のエントランスは柔らかい光に包まれた暖かい場所だった。広いロビーに繋がっていて、フカフカの白い絨毯と暖炉、コの字に置かれた豪華なソファーが見える。寮生の談話スペースなのかなと思いながら、正面の螺旋階段を上った。

 生徒の部屋は二階から五階にあるようだ。二階の階段のすぐそばにあった番号は『G20』『G19』だったので、階を上るごとに数字が減っていくようだと当てをつける。

 推測は当たり、僕の部屋は五階にあった。

 階段を抜けると少しだけ開けた場所があり、左右の壁に一枚ずつ扉がついている。

 右の部屋が『G1』、左の部屋が『G2』。右の扉をノッカーでコツコツと叩く。返事がないのでノブをひねり、恐る恐る部屋に入った。

「わあ……すごい」

 思わず独り言を言ってしまった。部屋はとても広くて、僕ひとりで暮らすにはあまりにも広すぎた。

 一段上がった高さに綺麗に設えられた板間。敷かれた高級そうな絨毯にローテーブルと長椅子が置かれている。これは応接スペースだろうか。こんなものが部屋にあるなんて、見たことがないぞ。なんとなく忍び足になりながらそこを通りすぎ、ぐるりと部屋を見回す。

 さっきまで壁に隠れていたところの奥にベッドスペースと、手前に階段がある。ロフトに繋がっているのだろうか? 反対側の奥には書斎机がひとつある。

 正面の窓際、この部屋で一番見晴らしが良い窓のそばに書斎机がもうひとつあった。

「なんで机がふたつもあるのかな」

 しかもこっちのほうが二倍くらい大きい。ひとりごちて首を傾げていると、突然椅子の向きがクルリとこちらを向く。

「そりゃあ、二人部屋なんだから。当然でしょ」

「!!」

 びっくりした。まさか先客がいたなんて。僕が言葉を失っていると、ふんぞり返って座っている彼は、椅子をクルリともう一周させてから、呆れたようにこう言った。

「カバンを置きなよ。そっち、下のベッドはきみの場所で良いからさぁ」

 下のベッド? 疑問符を浮かべた僕だけど、すぐに意味がわかった。ロフトにもうひとつベッドがあるのか! 先客の彼は、同室の僕に相談することもなく、上のベッドを自分のスペースだと決めてしまったらしい。

 僕は言われた通り、下のベッドにカバンを置く。豪勢な衣装棚があり、両開きの扉を開けると制服らしきものが入っていた。

 僕にはこのカバンしか荷物がないから、収納が余っちゃうな。カバンから僅かな所持品、筆記用具と夏服や下着などを丁寧に引き出しにしまう。

 マーガレットに借りた手袋と空のカバンを棚の上に置いて、同室の彼に視線を戻した。彼は相変わらず椅子をクルクルさせながら、不満そうな声を出していた。

「まったくもう。まったく、酷い展開だよ、もう」

 何がそんなに不満なんだろう。こんなに広々とした素敵な部屋をあてがわれて、僕は一生分の幸福を得たような気分になっていたのに。

 僕の怪訝な視線に気が付いたのか、彼はギロリとこちらを向いて言った。

「きみたちが不甲斐ないから、ぼくはこんなにも目立ってしまったんだ!」

 目立つ……? 何のことだろうと思ったけど、すぐに見当がついた。そういえばこの男の子、新入生代表で挨拶をしていた子だ。

「きみたちが馬鹿だからぼくが首席になっちゃって、代表にされちゃったんだ! もうちょっと頑張ってくれよ、きみたちはこの国で一番頭の良い子供たちなんでしょ?」

 なんてひどい言いがかりだ。僕は唖然としてしまったけど、彼はこちらにはお構い無く、乱暴な主張を続けている。

「こんな落ち着かない部屋に押し込まれるなんて最悪だよ。首席だってレッテルを一年間ずっと引きずるわけだよ。本当に最悪だよ」

「部屋……? 首席と部屋には関係があるの……?」

 僕はつい疑問を口にしてしまい、ハッとして口をふさいだ。彼はとても目付きの悪い男の子だったから、睨み付けられた恐怖で体が萎縮してしまう。

「きみさぁ、知らないの? 寮の部屋は成績順なんだよ。ぼくが首席で、きみは二番目。女子の一位と二位が隣の部屋」

 そうなんだ。僕は男子で二番目だったんだ。意外な事実に目を丸くする。

 多分僕は他の子とは違う試験を受けて、違う評価で入学したと思うんだけど、首席の彼と同室で本当に良いんだろうか。

 愚痴をぶちまけて少しはスッキリしたらしい彼は、おもむろに椅子から立ち上がる。応接机に置いてあったガラスの水差しから水を汲み、コップ一杯を豪快に飲み干した。

「で? きみの名前は何て言うの。見たところ貧乏人みたいだけど、苗字はあるのかい?」

「えっと、僕はフリックです。フリック・ラーベスです」

「ラーベス? 聞いたことがない家名だな」

 そりゃあそうだろう。僕の家はただの平民の家だ。一応戸籍があるから名字があるけど、この学校に入るような名家の貴族に知られているわけはない。

「そういう君は、何て言う名前なの?」

 我慢強いと自負する僕も、さすがに失礼な彼と話すのが疲れてきた。少しトゲのある言い方でそう問い掛ける。

 彼はスタスタとロフトへの階段に歩み寄り、すれ違いざまにこう言った。

「ぼくの名前はライズだよ。"くん"とか"さん"とか付けるのは止めてくれよ。気持ち悪いから」

 それは吐き捨てるような言い方で、仲良くしようという気持ちが皆無であることがありありと感じられるものだった。


 僕は最高から一転、最低な気分になってしまった。

 同室の同級生は気位が高くて、僕のような小汚い男は嫌いなんだろう。僕はベッドの端に座り、バスで出会ったマーガレットたちのことを思い出していた。

 彼女のきょうだいらしい男の子も、僕を田舎者と言って馬鹿にした。他の同級生も同様かもしれない。僕は大きな溜め息をついて頭を抱えた。

 その可能性は考えていた。あからさまに身分が違う同級生たち。暖かいコートを着て、分厚いブーツを履いている彼らは、僕のことを使用人だと勘違いするだろうと思った。同級生だとわかったら、どういう経緯で入学したんだと訝しむだろう。ライズの反応は僕が想像していたものと似たようなものだった。

 『きみたちが不甲斐ないから、ぼくはこんなにも目立ってしまったんだ!』ーーライズの発言が頭に浮かぶ。それは僕にも当てはまることなのかもしれない。何を間違ったか、首席の部屋をあてがわれてしまった自分を、貴族の子息たちは何て思うだろう。

 僕こそ、目立たないように学校生活を送らなければならないんじゃないだろうか。

 悶々と考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。開けてみると、そこには寮母であるノギスさんの姿があった。

「おくつろぎのところ、申し訳ありません。あなたがフリックさんですか?」

「はい、そうです……」

 僕に用事? ライズじゃなくて? 僕がソワソワしていると、薄く微笑んだ彼女はこう続けた。

「学長が、是非あなたとお話ししたいそうです。少しお時間よろしいですか?」

「えっ? は、はい!」

 まさかそんな、僕と話したいなんて。ひとりひとり面接をしているだけかな、と頭を過ったけど、ノギスさんはもうひとりの学生に全く触れることなく僕を部屋から連れ出す。こんな格好で大丈夫だろうか、制服に着替えておいたほうが良かったんじゃないかと不安な気持ちが湧き上がるけど、ノギスさんは特に何も言わない。

 寮の入り口から出て、来た道を引き返していく。広場を横切って階段を下り、右手にある建物は職員寮だとノギスさんは語った。

「建物に付随する、あちらの塔が学長の部屋になります」

 ノギスさんは扉のない塔の入り口をスルリと通り抜ける。一階部分はほとんど何もなくガランとしており、高い天井にポカリと丸い穴が空いている。

 雲のような模様が印象的な大理石の床の中心に立つように言い、ノギスさんは床の真ん中に手をやって何やら操作をした。

 すると、床が微振動しながら上昇し、緩やかに天井の穴に吸い込まれていく。

「な、何ですか、これ?」

 僕が驚いて声を上げると、ノギスさんは微笑みながら言った。

「学長のお遊びです。この学校には色々なお遊びが仕掛けられていますよ」

 お遊び? お遊びなんて物じゃない。とんでもない技術だ。僕は円床の端で体を乗り出しながら、徐々に離れていく地面を見つめる。

 頭を出しては危ないですよと言われて振り返ると、段々と迫ってくる天井ーー階上の床が視界に入った。階上には、職員寮に繋がる廊下と、さらに階上へ上る螺旋階段があった。

 円床が穴にすっぽりとはまって動きを止めてから、ノギスさんは階段を上っていく。階段の壁沿いはなんだか気味が悪い模様が刻まれていて、先に進むごとに妙な球体が壁からポコポコと生えたりしていた。

「これも学長のお遊びですか?」

「はい。お遊びです」

 何か面白い機能があるのだろうかと、壁のポコポコを眺めていたけど、怪しく虹色に光っている以外は何も起こりそうにない。三階分ほど階段を上って、ついに学長の部屋にたどり着いた。

 ノックの後、「どうぞ」という声を聞いてからノギスさんは扉を開けた。扉の先は階段の壁と同じく、気味の悪い球体の出っ張りがたくさんある部屋だったけど、その他は壁一杯の本棚と書斎机、応接机があって、さらに奥に続く扉があるだけで、普通だった。広さは僕たちの部屋とあまり変わらない。

「ようこそ、我が学校へ。フリック・ラーベスくん」

 先ほど入学式で聞いた声。床に届きそうな口髭と、長い眉毛に覆い隠された顔は、表情がよくわからない。

 声色は上機嫌なものだったから、歓迎されているのだろう。僕は一先ずホッと息を吐いて、彼に示された場所に腰を下ろした。

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