第五章(3)
次の朱曜日に、ノギスさんから謹慎期間が終わったことを告げられた。
僕は久しぶりに寮の外へ出て、ライズと一緒に食堂で朝ご飯を食べた。
はじめはぎこちなかったけど、周りは拍子抜けするくらい、いつも通りの風景だった。僕の緊張感はすぐにほどけていく。
――悪い夢を見ていただけなんだ。
僕は何もやらかしていないし、また輝かしい風見鶏の生活が続いていく……。
そんなとき、背後から聞き慣れた声がした。
「よお、フリック! 元気だったか?」
「やあ、ハーベスト。久しぶり……」
振り返って笑顔を向けようとした、その前に、ハーベストが威勢のいい声を張り上げた。
「おい、みんな! 英雄様のご帰還だぞ!」
英雄様? なんのことだ。 僕が首をひねっていると、彼の友人たちがわらわらと集まってくる。
「聞いたよ! 神の子の棺を探しに行ったんだって?」
「どうだった? 本当にあったの?」
「退学にならなくて、本当に良かったわね!」
え? え? どういうことなの……?
僕の席の周りは、押し合いへし合いしながら同級生たちで埋め尽くされ、あっという間に質問責めにあってしまった。
「あの、えっと、僕はその……」
「聞かせてくれよ。何があったんだ? あの晩、君は何を見たんだ?」
「いや、その、別に特別なことは……」
「ケチだなぁ。なんで教えてくれないんだよ。減るもんじゃないだろ?」
目の前がぐるぐる回る。
一体、何が起こっているんだろう。
同級生たちのこの態度は、その日だけの流行りではなかった。
謹慎が明けた初日から、しばらくの間――。
僕の周りにはひっきりなしに同級生たちが群がり、みんながキラキラした目で僕を見つめた。
誰もが僕の話を聞きたがり、僕のことを誉め称えた。
驚くことに、誰ひとりとして、僕のことを「平民」だとか「ビッグマウス」だとか、悪口を言わない。
僕を睨んでいたニース・フランクリンも、目すら合わせてくれなかったバート・アレクサンドラも、僕に笑顔を向けてくる。
最初は混乱していた僕も、二、三日経つころには冷静さを取り戻していた。
彼らは神の子の棺について聞きたがったけど、僕はその質問には一切答えなかった。
「ごめんね。先生に、何も言うなって止められているんだ」
みんなは不満げな声を上げたけど、無理やりに聞き出そうとする人はいなかった。
――もしかしたら、僕のこの選択は、最適解だったのかもしれない。
沈黙を貫くことで、僕はミステリアスな存在でい続けることができた。
同級生たちは、何も話さない僕に、一目置くようになったのだ。
その変化が嬉しくて、僕はつい調子に乗ってしまった。
みんなからちやほやされた数日間、ライズとマーガレットと一緒に課題をする暇がなくなっていた。
いつものように授業終わり、ハーベストのグループに捕まっていた、ある日のこと。
僕は、見てしまったのだ。
ライズとマーガレットが、談笑しながら、ふたりで教室を出ていくところを。
「ご、ごめん。ハーベスト……僕、ライズたちと約束してるから」
「ああ、そうなのか。引き止めて悪かったな」
彼は特に気にする様子もなく、バートに向き直って雑談を続けていた。
僕はノートを引っ掴み、急いでふたりのあとを追う。
「どうしたの? そんなに走って」
「いや、えっと……僕も一緒に帰りたかったから……」
バートと仲良くしていたことを怒っていないかと心配したけれど、マーガレットはけろりとしていた。
「今日も一緒に課題をやりましょうよ! あなたたちといると、とても頭がよくなった気がするの」
「昨日みたいに、課題を丸写しするのはやめなよ。自分で考えないと、頭がよくなった“気”がするだけだよ」
「わかっているわよ! うるさいわねぇ」
ふたりは、すっかり仲良しになっていた。
ふたりの友人として喜ぶべきことのはずなのに――僕の内心は、穏やかではなかった。
マーガレットは、首席のライズと友達でいられたら、僕が友達でなくても構わないんじゃないか。
ライズは、そもそも友達なんて必要としていないから、僕が一緒にいようがいまいが、どっちでもいいんじゃないか。
そんな疑念に取り憑かれて、僕は強い焦りを覚えていた。
このふたりは、懸命に引き止めておかないと――
僕と友達で、居続けてくれないんじゃないか。
「マーガレット、最近レニーと一緒にいないんだね。喧嘩でもしているの?」
図書館で課題をやりながら、僕はそう尋ねてみた。
あまり聞かれたくない話題だったのか、彼女は気落ちした表情で答えた。
「わからないの。ロイドの退学騒動があった後、急にレニーから無視されるようになって……」
「え? 無視?」
「何度も聞いたのよ。どうして無視するのって。でも、何も答えてくれないの」
僕は意外に思った。あの気弱そうなレニーが、マーガレットを無視するなんて。
どちらかといえば、マーガレットのほうから喧嘩を吹っかけたのかと思っていたのに、違ったらしい。
「前から思ってたけど、そのレニーって子、怪しいよね。ロイドと親戚とか言ってなかった?」
ライズがぼそりと呟き、僕ははっと声を上げる。
「そういえば、そうだったね。マーガレット、レニーが僕たちをロイドさんに引き合わせたんだ」
マーガレットは深刻そうな顔のまま、しばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
「そう。だからわたし、ずっと変だと思っていたの。あの晩、わたしが眠ってしまったのも……もしかしたら、彼女が何かしたんじゃないかって」
「え? それって、睡眠薬とかを飲まされたってこと?」
「錬石よ。ロイドだって使ったんだし、レニーも何か、眠らせる効果のある錬石を使ったんじゃないかしら」
なるほど。確かに、もしレニーが彼の協力者なら、あり得ない話ではない。
「もしかしてレニーは、最初からこの計画にフリックを巻き込むつもりで、わたしと仲良くしていただけなのかも……」
「僕とマーガレットが仲良かったから?」
「そう」
それは……あまりにも酷い話だった。
計画が失敗したからといって、手のひらを返すように縁を切るなんて。
同じ部屋の同級生なのに、そんなことをして、心が痛まないのだろうか。
そして、僕たちがレニーに不信感を抱き始めた直後。
状況はすぐに一変した。
次の白曜日の朝、食堂で朝ご飯を食べていた僕とライズのもとへ、慌てふためいたマーガレットが駆け込んできた。
「大変よ! レニーが……いなくなったの。昨晩のうちに、荷物ごといなくなっちゃった!」
「えっ?! どういうこと?」
「わからない……ノギスさんに聞いたら、『レニーという生徒は退学しました』って言われたわ」
「退学? 自主退学?」
「それも、わからないの……」
マーガレットを座らせ、少し落ち着かせてから詳しく話を聞くと、レニーが姿を消す直前、いくつか怪しい動きがあったらしい。
彼女は二日ほど前、誰かから一通の手紙を受け取っていた。
その手紙を読んだあと、彼女は一晩中泣いていたという。
「昨日から、授業に来てなかったよね」
「その手紙で、退学を告げられたのかな……」
誰から? 学長から?
いや、手紙というのは外部から届くものだ。学内の通知は、基本的にノギスさんが口頭で伝えるはずだ。
「レニーだけ? 友達の女の子たちは?」
「他の子は、みんな学校にいると思う。いなくなったのはレニーだけよ」
「実家から、帰ってこいって言われたのかな……」
ライズがぽつりと呟き、それが僕たちのひとまずの結論になった。
多分、ロイドさんの件でラビオリ家に探りが入った。
そして――黒だったのだろう。
罰が下る前に、レニーの実家、スカーレット家は、娘を保護する決断をした。
……真相は、そんなところだと思う。
レニー退学の話は、瞬く間に同級生たちの間に広まった。
「なあ、フリック。レニー・スカーレットは、どうして退学になったんだ?」
「知らないよ。どうして僕に聞くの」
「だって、二週間前に退学になったロイド・ラビオリと、親戚なんだろ? あの件に関係があるんじゃないのか?」
「……さあ。関係あるかもしれないけど、僕にはわからないよ」
ハーベストたちは、僕だけでなく、レニーの友人たちにも話を聞いて回っていた。
やがて彼らも気づき始めたのだ。
退学の件は七不思議と関係していること。
そして、七不思議を調べすぎると、自分たちも退学になるかもしれないということに。
あれだけ七不思議の話ばかりしていた同級生たちは、あっという間にその話題を口にしなくなった。
まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように。
みんな、何事もなかったように、学業に集中し始めた。
一連の事件の結果、僕たちに残ったものは三つだけだった。
同級生がひとり、いなくなってしまったこと。
僕の学内での地位が、少しだけ上がったこと。
そして――僕とライズとマーガレットの仲が、とても良くなったこと。
僕たちもいつの間にか、それを「日常」として受け入れていった。
七不思議なんて必要ないくらい、学校生活は刺激的で、忙しかった。
マーガレットとライズと三人で過ごす毎日は、とても充実していて、楽しかった。
そんな僕が、七不思議の存在を思い出すことになるのは――
ある出来事が、きっかけだった。




