第五章(3)
人間がゼリーのようなブヨブヨした立方体の集まりに変わってしまったなんて、説明するのは本当に大変だった。
マーガレットもライズも、完全には理解できなかったらしくて、最終的には『ロイドさんはバラバラに分解された』という理解の仕方をしたようだった。
「エグい死にかただねぇ」
「フリック、大丈夫? 随分怖い思いをしたでしょう」
「うん。僕は助かったから、平気だよ……」
「そう? あまり無理をしないでね。話したくなかったら話さなくても良いのよ」
この後も僕たちは、おっかなびっくり神子や七不思議について話し合ったけど、白陽日を迎え、僕の謹慎が明ける頃にはほとんど話題に上がらなくなっていた。
神子に関わるのはヤバい。七不思議に関わるのもヤバい。そんな共通認識が僕たちの間に生まれていた。
七不思議の全てが神子に関係するものではないだろうけど、どこで『不敬行為』が発生するのかわからない。触らぬ神に祟りなし、命あっての物種だ。僕たち一般の生徒は、七不思議なんて関わるべきではないのだ。
次の朱陽日に、ノギスさんから謹慎期間が終わったことを告げられて、僕は久しぶりに食堂で朝御飯を食べた。
その場所で、驚くようなことが起こる。事件から謹慎が明けるまではたった一週間の事だったのに、僕の周りの様相はすっかり変わってしまっていた。
「よおフリック! 元気だったか?」
「やあ、ハーベスト。久しぶり……」
「おい、みんな! 英雄様のご帰還だぞ!」
英雄様? 僕が首をひねっていると、彼の友人たちがワラワラと集まってくる。
「聞いたよ! 神の子の棺を探しに行ったんだって?」
「どうだった? 本当にあったの?」
「退学にならなくて本当に良かったわね!」
え? え? どういうことなの……?
僕の席の回りは、押し合いへし合い同級生たちが埋め尽くしてしまい、朝食の間ずっと質問責めにされてしまう。
「あの、えっと、僕はその……」
「聞かせてくれよ。何があったんだ? あの晩、君は何を見たんだ?」
「いや、その、別に特別なことは……」
「ケチだなぁ、なんで教えてくれないんだよ。減るもんじゃないだろ?」
目の前がぐるぐる回る。一体何が起こったんだろう。
謹慎が明けた初日から、僕の周りには常に同級生たちが群がり、皆がキラキラした目で僕を見つめた。誰もが僕の話を聞きたがり、僕のことを誉め称えた。
誰も僕のことを"平民"とか"ビッグマウス"とか陰口を言わない。僕のことを睨んでいたニース・フランクリンも、目すら合わせてくれなかったバート・アレクサンドラも、僕に普通の笑顔を向けてくれるようになっていた。
初めは混乱していた僕だけど、二、三日経つころには冷静さを取り戻していた。
彼らは神の子の棺について聞きたがったけど、僕はその質問には一切答えないことに決めた。
「ごめんね、先生に何も言うなと止められているんだ」
皆は不満げな声をあげたけど、無理矢理に聞き出そうとする人はいなかった。
もしかしたら、僕のその選択は最適解だったのかもしれない。僕は沈黙を貫くことで、ミステリアスな存在でい続けることができた。同級生たちは、何も話さなかった僕に一目置いてくれるようになったのだ。
冷静になった僕は、もうひとつ大きな変化を見つけた。
マーガレットだ。
彼女は何故だか、レニーたちのグループから外れてしまっていた。あんなに仲良くしていたのに、今は目も合わさず、休憩時間になると一目散にこちらのほうに駆け寄ってくる。
最初は僕に話し掛けてくれていたけど、ハーベストとバートに絡まれるようになってから、彼女はライズと話すようになった。
授業が終わった後、ハーベストに話し掛けられている隙に、ライズとマーガレットがふたりで教室を出ていくのを見つけ、僕は慌ててこう言った。
「ご、ごめん。ハーベスト……僕、ライズたちと約束をしているから」
「そっか。引き止めて悪かったよ」
彼は特に気にすることもなく、バートに向き直って談笑を始める。
僕はノートを引っ掴んで、急いで彼らを追いかけた。
「どうしたの? そんなに走って」
「いや、えっと、僕も一緒に帰りたかったから……」
バートと仲良くしていたことを怒っていないか心配だったけど、彼女はけろりとしていた。
「今日も一緒に課題をやりましょうよ! あなたたちといると、とても頭が良くなった気がするの」
「昨日みたいに、課題を丸写しするのはやめなよぉ。自分で考えないと、頭が良くなった気がするだけだよぉ」
「わかっているわよ! うるさいわねぇ」
ふたりはすっかり仲良しになっていた。ふたりの友人として喜ぶべきことのはずだけど、僕の内心は穏やかではなかった。
マーガレットは、首席のライズと友達でいられたら、僕が友達でなくても構わないんだ……。
ライズはそもそも、友達なんて必要としていないから、僕が一緒にいようがいまいが、どっちでもいいんだ……。
僕はその事実にとても焦りを覚えていた。このふたりは、僕が懸命に引き止めておかないと、友達で居続けてくれないんだと思った。
「マーガレットは、どうしてレニーと喧嘩しているの?」
図書館で課題をやりながら、僕は彼女にそう尋ねてみた。
あまり聞いてほしくない話題だったようで、彼女は気落ちした表情で答えた。
「わからないの。あの事件があった後、急にレニーから無視されるようになって……」
「え? 無視?」
「何度も聞いたのよ。どうして無視するのって。でも、何も答えてくれないの」
僕は意外に思った。あの気弱そうなレニーがマーガレットを無視するなんて。マーガレットのほうから喧嘩を吹っ掛けたのだと思っていたのに、違うんだ。
「前から思ってたけど、そのレニーって子、怪しいよね。ロイドと親戚だとか言ってなかった?」
ライズがボソリと呟くので、僕はアッと声をあげる。
「そういえば、そうだったよね、マーガレット。レニーが僕たちをロイドさんに引き合わせたんだ」
マーガレットは深刻そうな顔でしばらく押し黙り、それから口を開く。
「そう。だからわたし、変だと思っていたの。わたしがあの晩眠ってしまったのは、もしかしたら彼女が何かしたんじゃないかって」
「え? それは、睡眠薬かなにかを飲まされたってこと?」
「錬石よ。ロイドだって使ったんだし、レニーも何か、眠らせる効果のある錬石を使ったんじゃないかと思うの」
なるほど。確かにレニーが彼の協力者なら、背後の存在から同様に錬石を受け取っているかもしれない。
「もしかしてレニーたちは、初めからこの計画にフリックを巻き込むつもりで、わたしと仲良くしていただけなのかしら」
「僕とマーガレットが仲良かったから?」
「そう」
それはちょっと、あまりにヒドイ話だと思う。計画が上手く行かなかったから、手の平を返して彼女との縁を切ってしまったっていうのか。
同じ部屋の同級生なのに、そんなことをして苦しくならないのだろうか。
僕たちがレニーに対して不信感を抱き始めてから、状況はすぐに一変した。
次の白陽日のことだった。食堂で朝御飯を食べていた僕とライズのもとに、慌てふためいたマーガレットがやってきた。
「大変よ! レニーが……いなくなったの。昨晩のうちに、荷物ごといなくなっちゃった!」
「えっ?! どういうこと?」
「わからない……。ノギスさんに聞いたら、『レニーという生徒は退学しました』って言われたわ」
「退学? 自主退学?」
「わからない。わからないわ……。何が起きたのかしら」
マーガレットを座らせて、落ち着かせてから話を聞いてみると、レニーがいなくなるまでに何やら怪しげな動きがあったらしい。
彼女は二日ほど前、誰かから手紙を受け取っていた。その手紙を読んだ後、彼女は一晩中泣いていた。
「昨日から授業に来てなかったよね」
「その手紙で退学を告げられたのかな……」
誰に? 学長から? いや、手紙というのは外部から来るものだ。学内の通知は、基本的にはノギスさんから口伝てで告げられる。
「レニーだけ? 友人の女の子たちは?」
「他の子は皆いると思う。いなくなったのはレニーだけよ」
「実家から、帰ってこいと言われたのかな……」
ライズがそうポツリと述べて、それが僕たちの結論になった。
多分だけど、ロイドさんの件でラビオリ家に探りが入った。きっと黒だったんだろう。レニーにも罰が下る前に、レニーの実家、スカーレット家は愛娘を保護する決断を下した。真相は多分そんなところだろう。
レニー退学の話は瞬く間に同級生に広がった。
「なあ、フリック。レニー・スカーレットはどうして退学になったんだ?」
「知らないよ。どうして僕に聞くの」
「だって、二週間前に退学になったロイド・ラビオリと彼女は親戚だろう? あの件に関係があるんじゃないか?」
「さあ、関係あるかもしれないけど、僕にはわからないよ……」
ハーベストたちは僕だけでなく、レニーの友人たちにも話を聞いて回っていた。
そのうち彼らも気付き始めたようだ。退学の件は七不思議と関係している。そして、七不思議を調べすぎてしまうと自分たちも退学になってしまうかもしれない。
あんなに七不思議の話ばかりしていた同級生たちは、あっという間にその話をしなくなった。まるで初めからそんな話はなかったかのように、みんな学業に集中し始めた。
一連の事件の結果僕たちに残ったのは、同級生がひとりいなくなってしまったことと、僕の地位が向上したこと。そして僕とライズとマーガレットの仲がとても良くなったことくらいだった。
僕たちもいつの間にか、それが日常になっていった。七不思議なんて必要ないくらい、学校生活は刺激的だったし忙しかった。
マーガレットとライズと三人で過ごす毎日は、とても充実していて楽しかった。
そんな僕が七不思議のことを思い出したのは、とある出来事がきっかけだった。




