貴公子の教育的遊び
エドモンドとリリーは手を取り合っていた。
暖炉の火が必要のない季節になったので、リリーのお昼寝――寝るのは夜であることが多いが――用に運び込まれた寝椅子に、エドモンドと並んで座っている。
向き合ったリリーが、公国一の貴公子の端正な顔をキラキラとした目で見上げる。
小さく息を吐いたエドモンドが告げた。
「私、か」
「―――せいかい!」
楽しそうなリリーの声が響き、家令ロバートは目を細めた。
今日はまだ眠くないと言うので、エドモンドが「当てっこ」をして遊んでやっている。これは異能の使い始めの訓練としてするものだ。
まず手本を見せるらしい。エドモンドが「好きなものを思い浮かべてみろ。私が当てる」と言い、リリーの指を握った。
期待に満ちた眼差しをうけて無表情で「私」と答えるエドモンド。見守っていたロバートは笑いを堪えるのに苦労した。
そして今「綺麗なものを思い浮かべてみろ」と言い、リリーの答えはそれもエドモンドだった。
仕方がないというように「他には」と問うエドモンドに小首をかしげたリリーは、にこりと笑った。そのままエドモンドをじいっと見つめる。
「――エレノア、か」
リリーが「綺麗なもの」として思い浮かべたのは、先頃の中央公園にエドモンドと同行した女伯爵エレノア・レクターだったようだ。たしかに華やかで美しいけれど。
「お前より、お前の母親の年齢に近いと思うが」
ロバートの思う事をエドモンドが口にする。
「えっ。私より少しだけお姉さんかと思った」
リリーは目も口も丸くしている。
「お名前、エレノアっていうの? キレイな人はお名前もステキ」
うっとりとするリリーを、面倒そうにエドモンドが遮る。
「もう感覚は掴めただろう。次はお前が質問して私の答えを読め」
素直にうなずいたリリーが「キレイなものを思い浮かべてください」と言い、エドモンドを凝視する。
ロバートからしても「長い――とても長い」と感じる間を経て、リリーが不思議そうに訴える。
「私の髪はエレノアさまみたいにキレイじゃないわ」
「私が手入れをしているのだ。誰の髪より美しくて当然だろう。次だ」
尊大に言い放つエドモンド。
「坊ちゃまの好きな色を教えてください」
リリーが質問し、また長く見つめあう。
触れている指から考えを読むのなら、見つめあう必要などないとロバートには思えるが、先程リリーが立派に言い当てていた事を思えば、これが正しいのだろう。
「……わかんない」
若干気落ちした様子で答えるリリーに、若き主が「もう一度」と告げる。
「へんな灰色の名前を知らないから、わかんない」
――なるほど。青とか赤の分かりやすい色にしてやればいいものを、エドモンドが意地悪をしたらしい。
先ほど女伯爵を持ち出されたことへの意趣返しか。
「灰緑色というのだ。覚えておけ」
読めていたかと呟く言外には、思った以上にリリーの筋が良いと感じている節がある。
「灰緑色……灰色にみどりいろ……」
繰り返すリリーの手をエドモンドが軽く引いた。ゆらりと前に倒れる小さな体を抱き止める。
「この程度で眠くなるとは。私の四歳くらいか」
すでに返事はない。力尽きたのだろう。
人より格段にお出来になるご自身とお嬢さんを比べてはお気の毒です。と口にしようかと迷うロバートは、今になって気づいた。
「灰緑色」はリリーの瞳の色だと。
寝やすい姿勢にリリーを抱えなおした若き主が、不意に視線を上げた。勘の良いエドモンドは何かを察知したのだろう。
ロバートは視線を避けるために、さりげなく背中を向けた。
いつかリリーに教えてやろうと思う。
「灰緑色はお嬢さんの瞳の色ですよ」と。
――エドモンド様のいないところで。




