家令ロバート・ケインズと侍従長ファーガソン
家令ロバートは、エドモンドの遣いで大公宮殿へと赴いた。
用を済ませ、必要以上に広い廊下を玄関ホールへと向かうところで声が掛かった。
「ご無沙汰しております、ケインズ殿」
ケインズはロバートの家名だ。
人影を見た時から素知らぬ顔で通りすぎるつもりでいたロバートは、「仕方なく」と感じさせない態度で声のした方に目を向けた。
呼び止めたのは予想通り、エドモンドの弟であるタイアン殿下の侍従長。タイアンは家令をおいていない。よって侍従長が使用人の筆頭となる。
ロバートとは年齢も近く、一方的に親近感を持たれているようで、機会があればあちらから必ず声を掛けてくる。
式典等の折りには裏で一緒になることもある。
無駄に張り合ったり、力を誇示しないという点においては、仕事をする上でやり易いタイプでもあった。
「偶然ですね、ファーガソン殿。あなたもこちらへお越しでしたか」
「はい。近々、他国からのお客様をお迎えするにあたり、銀器をお借りするために」
ファーガソンは、にこやかな笑みを見せた。
通常の銀器なら、タイアンの住む離宮にもある。銀器を借りるというなら、大公家の紋章入りのものだ。わざわざそれを借りださなけれはならないほどの客とは。
考えを巡らせるロバートに、ファーガソンは自分から話し始めた。
「共和国から姫君の姿絵を持って使者殿がいらっしゃるでしょう? 接遇はエドモンド殿下の宮かと気楽に構えていましたら、我が君へと話がまいりまして。先方はどちらの殿下でも構わないらしいですよ」
あけすけに語るファーガソンだが、職業柄よそへは聞こえない声の大きさは心得ている。仕事の出来ない男ではない。
そんな話は聞いていない、などとは少しも顔に出さずに、さして興味もない様子でロバートは頷いた。興味があるなどと知られれば、さらに話が長くなる。
「タイアン殿下は、どのようにお考えですか」
知りたいことだけを尋ねる。
「殿下は留学を面倒がっておられますからね。妃殿下をお迎えすれば、留学をしなくても済む。縁談はいくらでも来ますから、今回お決めになるかどうかは存じませんが、ここ数年の内には婚約されるのではないでしょうか」
タイアン殿下が留学を嫌っているとは初耳だ。
二つ年下のタイアン殿下の選択は、エドモンドも迫られる選択に違いないが、若き主からそういった話は聞いたことがない。
気にしていないのか、まだ具体的ではないせいか。エドモンドはタイアン殿下やファーガソンほど口数が多くはない。
留学と結婚。どちらを選んでもかなりの環境の変化だ。そして留学をしても、いつかは奥方を離宮にお迎えする。
話し続けるファーガソンに適度に相づちをうちながら、ロバートはリリーの事を考えていた。
エドモンドが奥方を迎えれば、落ち着くまでは今のように夜間に好きに外出する事は難しい。
リリーはまだ十一歳だ。せめてあと四年、成人するまではなんとか支援してやりたい。
十五になればかなりの部分を自分で決めることができる。例えば母親と離れることも。
若き主が伸ばしてやっている精神系の特殊な能力は、使い方によっては食べていく為の手立てとなると聞くが、それもすぐには無理だ。
いつもは早めに会話を切り上げるロバートが、今日は付き合っているので、ファーガソンは気を良くして次から次へと話題を提供してくれる。
エドモンドから聞けない以上、今後はこの男とも付き合う必要がある。
リリーのより良い未来を目指してロバートは自分から話題をふることにした。




