第八話
夜の繁華街はたった今目覚めたばかりの様相を呈していた。イルミネーションの光と人の影が交差して、カラフルなモザイク模様を形成している。
狭い車道を車が埋め尽くし、御国はその間を縫うように歩く。周囲には独特の饐えた空気が充満しており、御国は不快感を禁じえなかった。
通り沿いには居酒屋や風俗店が乱立している。目当ての店を探しながら練り歩くと、いかがわしい客引きに声をかけられた。
ネオンライト看板の『激屋スクラップ』という店名を見て、目的地であることを確信する。御国は分厚いガラスドアを引いて店内へ入った。店内はジャンク品で満たされていた。精密機械の成れの果てが雑然と展示してある。
御国の目を引いたのは携帯電話の白ロムだった。各キャリアの真新しい端末が、ショーケース内に多数展示してある。その中でもレッドモバイルの最新機種の数があからさまに多い。
カウンターではエプロンをかけた従業員が、固定電話の子機を片手になにやら喚き散らしている。
「大昔の商品だからいちいち動作確認なんかやってられないんだよ、ボケッ。あとマンションからパクってきた銅線、さっさと捌くルートを見つけとけ。この前ニュースでやってたぞ」
聞かれてはまずい内容のオンパレードだろうが、客がいること自体気が付いていないのだ。御国はそのカウンターへ近づいた。
「おいおい、俺が来たことはわかっているのか? そんなことだと、商品も抜かれ放題だぞ」
非常識な会話を断ち切る様に大声で話しかける。従業員は怒り皺をゆるめて、御国に目配せした。
「すまん、知り合いが来た。また連絡する」
彼の発した“知り合い”という言葉に一抹の寂しさを感じる。
ジャンク屋『激屋スクラップ』の店長、鶴田 英二は、御国の高校時代の同級生だった。鶴田とは何かと馬が合い、社会人になってからも年に数回は呑みに行く仲だった。だがここ数年の鶴田の転落をきっかけに、二人の仲はギクシャクしつつある。
鶴田は地元の工業大学卒業後、就職した家電量販店で携帯電話コーナーの責任者となった。そこで、キャリア側から代理店経営の話を持ちかけられ、独立起業してシルバーモバイルショップのオーナーとなる。
だがしかし、店舗の経営はうまくいかずに店は起業後2年たらずで閉店。会社は倒産し、彼は多額の借金を抱えた。結婚まもない妻は不倫相手と同棲中。結婚生活も形骸化している。
このジャンク屋で働きだした鶴田は、別人のように様変わりした。以前は姿勢正しくフォーマルなスーツが似合う男だったが、今の彼は猫背で、染みだらけのエプロンが板に付いている。
顔に張り付く卑屈な苦笑は自信を失った者のそれだった。頭髪と髭を不精に生え散らしたその様は、薄汚いこの店に似合いのルックスだ。
元々手先が器用で精密機械に明るい彼は、この店で働くことを「第二の天職」と嘯くが、充足感は感じていないだろう。
昔の友人は皆彼から離れていったが、御国は無視しなかった。鶴田は投資に失敗しただけで、根本的に仕事ができない人間ではない。40なりたての若さで再起を諦めてほしくなかった。
「ところであの端末、どうやって手に入れた? 最新機種もあるじゃないか」
顎をしゃくった御国が、白ロムの出所に探りを入れる。
「紛失時リカバーサービスだよ。いやぁ、あれで相当数抜かせてもらったよ。あんな隙だらけの契約形態じゃあね。レッドは脇が甘すぎる」
〈紛失時リカバーサービス〉とは、文字通り携帯電話をなくした際に同等の機種を安価で入手できる、レッドモバイル独自の保証サービスである。月額500円のオプション料さえ払えば、再購入時の費用をかなり抑えることができるのだ。
この点を悪用して、新規加入後即紛失したことにする。新端末を安価で購入後旧端末を白ロムとして売りさばく手法が横行した。
携帯電話事業者が提供するサービスには、常に大勢の悪党が目を光らせている。わずかでも付け入る隙があれば、容赦なくたかられるのだ。
「こんな違法まがいのやり口。いつまでもまかり通ると思うなよ」
「大丈夫、大丈夫。お前のとこからは抜いていない。そもそも、キャリアショップはマークがキツイんだ。量販しか狙っていないよ」
この店で販売されている中古の携帯電話の中には〔赤ロム〕と呼ばれる使用不可能の端末も混ざっているはずである。大々的な端末の不正取得を把握したキャリアが、違法に入手した端末を使用不可能にしているのだ。
御国が以前見たことのあるこの店のスタッフは、パッと見、チンピラまがいの人物ばかりだった。クレーム処理は、彼らが強引な手法で行なっているのだろうか……。
“裏切り者”または“卑怯者”という言葉が脳裏を過ぎるが、言ったところで詮がない。自分の店に実害が無いといっても、胸糞悪くなる話だった。
「ダチなんて、量販店からソーラー充電器を大量にパクッてきて、それを転売しているんだから。俺なんかまだマシな方さ。表向きはルールに従っている」
「そんな輩とはとっとと縁を切ってしまえ。いつかお前もとばっちりを食うぞ」
白ロム入手のために携帯電話の契約を行なう実行犯はブラックリストに載せられる。不正に雇った人間を、携帯電話数台と引き換えに使い捨てているのだ。真っ当な正義感の持ち主なら、誰でも憤りを感じるやり口である。
「例の話だが、これから迎える繁忙期に向けて、外販の人員が不足しているんだ。お前なら業界の経験も長く、適任だと思ってる」
御国は、最近鶴田を自分の会社へ誘っており、今日もそのために足を運んでいた。この店に居続ければ駄目になるという確信がある。
鶴田の量販店時代の働きぶりは評価が高く、そうでなければ、シルバーモバイルから引き抜かれなかったはずだ。その秘めた自力を、まっとうな道で発揮して欲しかった。
「固定給もあるから生活は心配ない。忙しいときには、俺の店も手伝って欲しいんだ」
鶴田が逡巡する素振りを見せる。
「新入社員に携帯を売りつける仕事か、気が進まないね。それに俺は、店舗販売しか経験がない」
「俺が獲得した契約のクロージングだけでも構わない。契約内容の最終確認と記入済み申込用紙の回収。問題なくやれるだろう」
青白い顔に苦い悲しみを湛え、鶴田がつぶやいた。
「俺はもうキャリアの犬になるのは御免だ。都合よく使われているだけさ。お前も早くそのことに気が付けよ」
鶴田は通信事業者に対して、根強い不信感を抱えている。
立ち上げ当時のシルバーモバイルは、他キャリアと比較して店舗数が少なかった。そこで、先行するカイザーとレッドに追いつけ追い越せと、勢い任せで受付カウンター数を増やしていった。
いくら伸び盛りのシルバーとはいえ、元々契約者数の母数が少なかったこともあり、閑散とした店舗が目立つようになる。その後、採算の合わない店舗は順次縮小、閉店という運びになり、鶴田の会社も同様の憂き目にあう。中には裁判沙汰になったケースもあるらしい。
「あいつらは『必ず儲かるから』と言って勤め先の電気屋から俺を引き抜いた。だが実際に客足が伸び悩むと、なんのフォローもなしに放りだしやがった。人の人生をなんだと思っていやがる!」
鶴田が苦渋の表情でカウンターに拳を叩きつける。血色が悪い顔が怒気でゆがむ。
「リスクだけ背負わせて、自分たちは一切責任を取ろうとしない。そういうキャリア側のやり口には確かに問題もある」
御国も激昂する鶴田に同意せざるをえなかった。
御国の『ライズレイ』が抱えるレッドモバイル戸園店は、爆発的に儲かっていたわけではないが、売り上げは堅調に推移していた。大きめの駐車場を持ち住宅街の只中にあるので集客は悪くない。
だがその立場も揺らぎつつある。代理店縮小の方針に合わせて、キャリア側が手数料を出し渋り始めたのだ。
「連中は年数千億もの純益をあげているくせに、その分を代理店に還元しようという気はさらさら無い。店を作り過ぎたら潰そうとしか考えていない」
鶴田の主張は御国にとって現在進行形の話であり、他人事ではない。
「お前の言い分は間違っちゃいない。だけど、そろそろ感情的になっても無駄だと気が付けよ」
御国が猛る鶴田を静める。
「この店がお前の終着点でいいのか? 今のお前は一時的な挫折で熱くなっているだけだ」
「お説教、ありがたく拝聴しました」
鶴田が長身を折り曲げて、恭しく頭を垂れる。慇懃な所作を見ると、説得が彼の心には届かなかったことがよくわかる。
「気が変わったら、いつでも連絡をくれ。待っているからな」
鶴田の毒気に当てられた御国は、最後に弱々しく声をかけた。
「次中洲に来るときは、ネクタイぐらい緩めとけ。浮いてるよ、あんた」
鶴田がネクタイを摘み上げる仕草を見せ、口角を歪めた。
店を出た帰り道で、御国は旧友が異世界の住人となったことを痛感していた。言われた通り、襟元からネクタイを引っ張り出すと、氷点下に近い外気がその中に滑り込み、身震いが体を突き抜けた。




