第七話
「なんなのこれ。ひょっとして、まったくやる気なし?」
夕方になり啓子が店に帰ると、なんと的野がカウンターで爆睡しているではないか。総合カタログを両手に持った状態で舟を漕ぐ様が怒りを誘う。
バックヤードから出てきた鮫島も、両肩をすくめる。
「昨日徹夜でゲームをやっていたらしいから、今ダウンしているんでしょうね。しかし器用な眠り方だ」
鮫島が携帯で的野の様子を撮影し始める。
「これはただの起こし方じゃ気がすまないなぁ」
意地悪そうな思案顔を浮かべた啓子は、バックヤードへネタ探しに行った。
的野の携帯ゲーム機を持って売場へ戻ってくると、ゲーム機本体からデータ保存用のスティックを抜き出す。コップに水を注ぎ的野の前に置いた。
「ほらほら~。早く起きないと、大切なデータが消えちゃうわよ」
なみなみと注がれた水の上でスティックをヒラヒラさせる。
「うわあああああっ! 俺の1400時間が~っ!!」
的野の寝ぼけまなこがショックで見開かれる。大慌てでスティックをふんだくった。
「そんなに遊んだの? 少しはその時間を、携帯の勉強に当てなさいよ」
居眠りを指摘するつもりが話題がすり替わってしまう。
「これでも読んで、目を覚ましてね」
説明会で回収してきた新商品のカタログを、的野と鮫島に手渡した。
「うわ~、これが最新機種かぁ」
幸い、的野覚醒のきっかけとなったようだ。
「それ、持って帰ってもいいけど、お客さんにはまだ言わないでね」
人差し指を立て、口軽男に釘を刺す。
「私はこれがよかったなぁ」
啓子がソリッドのナビ携帯を指差す。
「凄いですね、これ。本当にホログラム見えました?」
「実機は少ししか見ていないけど、確かに立体視できたわよ」
啓子は従業員販売が待ち遠しかった。スタッフは学習のために、安価に端末を購入できるのだ。
「大マグロの本気きた~。購入決定だろこれ」
ポケットフレンドのカタログを見た的野は大喜びだ。風変わりな一品を好む、マニアな気質を刺激されたらしい。
「あと、これが1番の重大発表。二人とも目を通してくれる」
発表された新料金プランの資料を鮫島と的野に手渡す。素早く内容を把握した鮫島の声のトーンが上がる。
「これは凄いっ。MNPのみならず、2台目需要にもきっちり対応できるはず」
「確実に店の数字に繋がるでしょう。母体のレッドが心配だけどね」
腕を組んだ啓子が唇を引き結ぶ。
「料金系のサービスもだいぶ煮詰まってきたわね。さすがにこれ以上の割引は厳しいでしょう」
「シルバーの動きに興味がありますね。今回のサービスからは“真似できるものならやってみろ”という気概を感じます」
鮫島が揚揚と語る。
「ネットでもすでに告知されているらしいの。来店されるお客様には新プランをお伝えして、解約防止に役立ててね」
「分かりました。さっそく、ポスティング用チラシの手配をしておきます」
鮫島がレッド公式サイトの確認を始め、的野は新商品のカタログを眺めている。店内は来客者がおらず、店外も人と車の動きは緩やかだ。
今日はまだ新規契約が1件しか獲れていない。普段ならプレッシャーが掛かるはずだが、店内には弛緩した雰囲気が漂う。このころはまだ、来月から怒涛の嵐が吹き荒れる事になろうとは、誰も予測できなかったのである。




