第四話
「児玉さん、スタッフID取れたんだ。これで本格的に接客できるね」
朝一でパソコンを立ち上げる児玉に啓子が声をかける。
「鳥飼さんが休みなので、代わりに僕が研修しましょう」
鮫島の提案に啓子が頷く。児玉はやや不安げな面持ちだ。鮫島の冷徹な雰囲気に気押されているのだろう。
「料金収納をさせても構いませんか」
「理解度に合わせて進めて下さい。どこまで教えたか鳥飼さんに引き継ぐように」
「わかりました」と手短に答えた鮫島が、児玉をカウンターへ誘う。
「請求書は持って来ていない設定で、僕の携帯料金を収納して下さい。受付メモの記入、来確の提示。そして請求金額の確認、という流れです」
スタッフの受付を何度も見ていた児玉がスムーズにキーボードを叩く。
「この時、必ずお客様の契約内容に目を通して下さい。変更できる項目があればすかさず提案するように」
料金収納だけで済ませては収益はたかが知れている。プラスアルファの受付を引き出すスキルがスタッフに求められていた。
「例えば、この〔レッドフレンド〕の空きが1件ある点とかですか?」
「そうです、そうです」と、鮫島がおざなりな拍手で彼女を称える。
「あとは習った通りにやれば大丈夫。レジ経験もあるから、問題ないかな」
児玉の筋の良さを認めた鮫島が満足げに頷く。すると、自動ドアが軋む声が聞えてきた。
「いらっしゃいませ」
スタッフ全員で来客者を迎える。
「姉ちゃん、やっちまったよ」
作業服姿の初老男性がしょぼくれた顔で歩み寄る。啓子は書類の整理を中断して来客者を出迎えた。
「ドボンだよ。完全に俺が悪い!」
接客用の椅子にドスンと腰を下ろし、ストレート型の携帯電話を差し出す。外装を水滴が覆い電源が入っていない様子だ。
「だいぶ長く使ってらっしゃいますね。機種変更はいかがでしょうか?」
「ああ、もう新しい奴にするよ」
啓子の提案に渋々二つ返事を寄こす。
「昔みたいにゼロ円のやつないの? 何にも付いてなくていいから」
「それは難しいですが、変更後は今より月々安く使えます。元は取れますよ」
総務省の指導で分離プランが導入されてから、啓子たち現場のスタッフは説明に苦慮していた。
従来まで機種代金無料だったものが、今では最安でも2万円前後。その代わり、月々の基本使用料は1000円近く安くなる。丸2年使えば、2万円以上利用料金が浮くのだから、実質機種代無料のようなものなのだが、ユーザーにそれを刷り込むことは困難を極めた。
「俺だって別に納得してないわけじゃない。だって、簡単携帯を長年使って、毎月高い料金支払っていたら不公平だよ。若造が使うリッチな携帯代を爺さんばあさんが払うこたあねぇ」
話を聞いた啓子が思わず破顔する。この客は本質を理解しているようだ。
ラミネートされた価格表を眺めていた初老男性が、啓子に質問する。
「ねえ、水と衝撃に強いやつとかないの?」
「ございますよ。こちらです」
啓子はカタログを開き、商品見本を手渡した。
「俺の同僚が持ってるやつとそっくりだわ。それの新しいやつなんかね」
「前のタイプも似たデザインなので、可能性はあります」
それはガッシリとした外装の折りたたみ式電話だった。モックをひっくり返しながら検討を重ねた初老男性が意を決した。
「これにしよう。仕事が土木だからこの方が長持ちするだろう。もっとも今回は洗濯機に落としちまったんだけどな」
「ありがとうございます。分割と一括、お支払いはどちらになさいますか」
「一括で。ポイントは全部使ってちょうだい」
財布の中身を確認した客が、ついでに免許証を手渡す。その後は具体的な手続きに入った―――。
***
―――機種変更完了後、啓子が最後の説明をする。
「前の機種は電池を外して乾かして下さい。電源さえ入れば、データ転送できる可能性があります」
「今までご苦労だった。南無阿弥陀仏」
初老の客は、仮死状態の携帯の前で律義に合掌する。
「これ、お仲間に自慢してくるよ。印籠のように見せつけてな」
真新しい携帯をゲットし機嫌も良くなったようだ。支払いを済ませた彼は、長靴から泥を撒き散らしつつ立ち去った。
「前来た時は文句タラタラだったのに、すっかり丸くなって良かった」
鳥飼がモップで床を履きつつ独り言つ。
「きっちり収益を落としていったのだから、よしとしましょう」
鮫島が彼らしい意見で話を締めくくる。
「では機種変更のロープレをしましょうか。児玉さん、向こうに座って下さい」
鮫島が児玉をカウンターへ促すと、啓子は満足げに頬を緩めた。




