第二十一話
《4月》
御国が事情聴取で明かした内容が公表されると、レッドモバイルと御国本人に対する批判が一斉に噴出した。事実関係をよく吟味せず、表面的な印象だけで判断する大衆と、それを煽るマスコミにスケープゴートとされたのだ。
しかし、憶測で報道されていた情報がより真実に近づくにつれて、世間の御国たちに対する非難は縮小していくこととなる。
最終的に、世間の矛先が向いたのはシルバーモバイルだった。犯人の動機が判明し、身から出た錆だと認識されたからである。電波妨害の実害も合わせると、目も当てられない惨状を呈する事となった。
犯人の動機から、携帯会社の代理店運営にもスポットが当たった。
収益を出し渋り、不要になった店舗を足切りする実態が明らかになった。無秩序な経営計画のリスクを一身に背負わされ、倒産に至った代理店子会社の実例が赤裸々に暴露され、大衆からも同情の声が上がった。
各キャリアは経営体質の抜本的な見直しを計ると宣言。ユーザーのみならず、取り巻く人々全てを大切にするというメッセージを発信。ネガティブキャンペーンに必死に抵抗した。ユーザーを含む大衆は、冷ややかな視線を送りつつも、今後の改善に期待を寄せた。
犯人と目された鶴田英二は、現在も海外に潜伏中であり、依然として消息がつかめていない。日本から追跡班を海外に派遣するほか、現地警察にも協力が求められた。まさに全世界に手配の網が掛かった格好だ。
御国が持ち込んだ鶴田との会話の録音は、重要証拠として取り扱われる運びとなる。特に鶴田の身辺には徹底した調査が及び、4月後半には、鶴田英二が九州戸園地区シルバーモバイル妨害電波事件の実行犯と断定された。
録音に吹き込まれた鶴田の発言には信憑性があると判断され、待機していた爆発物処理班の本格的な調査が実施に移された。その結果、爆発物の設置が虚偽である事が判明する。
延び延びになっていたローラーが実行に移され、問題の妨害電波発生器は一網打尽にされた。装置は、主にPHSの簡易アンテナに擬態化していた事が判明する。
シルバーモバイルの解約騒ぎも収束し、繁忙期も過ぎた携帯業界は静けさを取り戻した。世間の関心もほどほどに落ち着き、レッドモバイル戸園店にも、平穏な日常が戻ってきたのだった。
***
九州タワーの展望室にスーツ姿の男性2名が佇んでいた。
周囲には数組の若いカップルのみ。だが、黄昏時を迎えつつある夕刻の色彩に二人の淡い色のスーツが溶け込み、けして場違いには見えない。タワーから見える街の全景に、二人はしばし心を奪われていた。
「犯人が単なる愉快犯ではなく、元代理店社長だった点がクローズアップされて、シルバーモバイルにとっては踏んだり蹴ったりですよ。なにせ、元身内が犯人だった訳ですから」
井上が長い沈黙を破った。
約1ヶ月半に及ぶ『シルバーモバイル電波妨害事件』は、ついにその幕を閉じた。今回の件で、携帯キャリアと代理店間の問題がクローズアップされて、報道各社がこぞって取り上げている。代理店淘汰戦争の被害者の大胆な復讐劇という、前代未聞の珍事に耳目が集まっているのだ。
「例の代理店社長は無実だったようで何よりだ。もしわずかでも関与があれば、事態は複雑になっていただろう」
沖田が渋い表情でつぶやいた。レッドモバイルにとって唯一の懸念がクリアになり、同社の皆が胸を撫で下ろしていた。
「文字通りの対岸の火事に、うっかり巻き込まれるところでした。しかし今回の件、まったくの他人事ではありません」
遠慮がちに咳払いした沖田がさり気なく周囲に目を配る。
「本日社長に進言したいことは、現在極秘裏に進められている弊社の代理店淘汰計画、あれを打ち止めにするべきだということです」
沖田の言に、朗らかな社長の地顔に暗い影が差した。
「今回の繁忙期を終えて、さらに全国で16店舗が撤退を表明しています。もう充分でしょう」
「しかし君、最低でもあと50は削るべきだと言う意見が大半を占めているんだぞ。今後、残った代理店が経営の足かせにはならないのか?」
軽く頷いた井上は、考え抜いた頭からゆっくりと台詞を吐き出した。
「我々は常に“お客様のために”というスローガンを掲げて本業界で戦ってきました。同様に、共に働く仲間たちも慮るべきです」
力説する沖田の姿が熱を持ち、暮れなずむ九州の街を背景に赤い輪郭を描いていた。
「代理店を経営する中小零細企業の社長の中には、それこそ人生をかけて店を構えている者もいます。そして彼らも家族を抱えている。我々の都合で路頭に迷わせるわけにはいきません」
仕事一筋の井上は、自らが家庭を抱えているわけではない。だが、思いやりに満ちた彼の言葉には説得力があった。
「言いたい事は良くわかった」
空を仰ぎ見ていた社長の視線が、はるか地上へと落ちた。
代理店淘汰は極秘裏に進められていたが、今回の事件をきっかけに周知の事実となっている。マスコミの取材が自社に及ぶのは時間の問題だった。現実問題、これ以上強引な経営のスマート化は難しいだろう。
「ここに来たのは単なる観光以上の収穫があったようだ。今の話、会議で主張されても冷静に判断できなかっただろう」
今回の件を他の社員が知れば、井上のスタンドプレーだと野次るだろう。沖田はこの件を胸の内に秘めておくことにした。
「元々我々の目標は、業界内で過半数以上のシェアを築くこと。その為には今の店舗数ぐらいは必要だ。今後は現有戦力を維持して戦っていこう」
握手を求める社長の右手を、井上が両手でしっかりと握り締めた。
「君にはもう一度現場に戻って欲しい。自分の目で見て、何をすべきか考えて私に伝えてくれ。そのうえで店舗側も納得できる収益体系を確立しよう」
「承知しました。やはり私にはサービス企画は似合わない部署でした。手始めに、代理店の不正契約に一斉にメスを入れます。情変リスト1枚たりとも見逃しません」
井上は情理で代理店保護を訴える一方で、経営者としては厳しい姿勢を貫くつもりだった。収益体系の確立には今までの現場での経験が活きるだろう。経営者と代理店、互いが完全にフェアな形で新たな船出を迎えるのだ。
展望台から見える景色が色を失い、夜景にすり替わっていた。二人は地上に点在する小さな赤色のライトを愛しむ様に眺めていた。




