第二十話
九州中央警察署前には、報道関係者が扇状に包囲の輪を作っていた。その肩にかけられたテレビカメラは、さながらロケットランチャーのように出入り口付近を狙っている。
彼らのターゲットは、現在警察署内で事情聴取を受けている御国誠だった。参考人としての出頭だが、電波障害事件の鍵を握っているという。さらにレッドモバイルの関係者らしいという情報が漏れ聞えており、報道陣のモチベーションに火を付けていた。
報道陣から隠れるように、駐車場の端に1台の車が停められている。その車は外装にアニメ絵が派手にペイントされていた。ボンネットにロボットの顔面、フロントドアにはそれに搭乗する主人公が描かれている。
「なるほど。君が会社に車で来ない理由がわかったよ」
助手席の鮫島が片手で頭を抱えつつ唸った。
「自重してたんですぅ。毎日店の前に停まっていたらまずいかな、と……」
か細い声で答えた児玉が運転席で硬直した。
戸園店は駐車場が広く、従業員も車で出社していいことになっているのだが、児玉が遠慮していたのは極めて常識的な判断と言えるだろう。
御国が事情聴取を受けていることを聞きつけた児玉たちは、店の営業が終わってから警察署に駆けつけてきた。シフト上休みの啓子と的野は来ていない。
「久野さんどうしてるだろう。多分、心配でやきもきしてるだろうな」
後部座席に深く腰掛けた鳥飼が、のんびりとコメントする。彼女は横長い目を細めてぐったりしていた。今日も店が忙しく、接客疲れが抜けていないようだ。
「しかし君ねぇ、この車のペイント何とかならないの? なんなら車自体買い直したほうがいいんじゃない」
助手席で居心地悪そうに佇んでいた鮫島が、児玉にお説教を始める。
「この車とは今まで人生の苦楽を共にしてきました。廃車なんてありえませぇん」
「この車こそ人生の“苦”の原因になりうるだろうに……」
鮫島の表情は暗いままだ。悪名高い‘痛車’に乗らねばならぬ展開に、我慢ならないのだろう。
「私たちが乗っていることがマスコミにばれたらやばくない?」
後部座席から身を乗り出した鳥飼が、もっともなコメントを述べる。素性がばれたら格好のネタにされるのは間違いない。
「確かにそうだ。児玉さん、くれぐれも慎重に行動してください。こんな車に乗っている様を放送されたら、とんだ赤っ恥ですよ」
鮫島のあんまりな言い草に、むくれた児玉が怒りのクラックションを鳴らす。鮫島は降参顔で静かになった。
「社長に何度も電話しているけど、繋がらないんだよね~。今頃怖い警官に絞られているのかしら」
「きっとカツ丼に夢中になって、電話に出れないだけですよ」
児玉の冗談に鳥飼が吹き出す。同時に、待機していたマスコミが動き出した。照明がいっそう明るくなり、カメラマンたちの動きが忙しくなる。
警察署の出入り口から御国が現れると、マスコミが包囲の輪を縮める。容赦なく炊かれるフラッシュが、散弾のように御国の全身に降り注いだ。
「このままここに隠れていてもラチがあきませぇん。突撃しましょう」
悪役を演じる御国を救わんと、痛車が発進する。
「ちょ、待っ。何するつもりなんだ?」
「社長を救出するに決まってます。今日はそのために来たんですよ」
目を座らせて断言した児玉が、アクセルを踏み込んだ。
「な、なんだこの車は?」
けたたましいクラックションが、マスコミたちの喧騒を打ち消した。フェイント気味に加速した車の動きにつられて、報道関係者が散りじりになる。寸止めで目前に止まった異様な車に、絶句した御国が棒立ちで立ちすくむ。
「社長、お迎えに上がりました」
運転席から得意げに顔を出した児玉に対して、フラッシュの嵐が襲う。
「警察署付きの記者クラブにネタにされる日が来るとは。こんなことなら、おとなしく家に帰っておけばよかった……」
まるで検挙された犯人のように、鮫島がスーツで頭を隠している。だがカメラのフラッシュは、アニメロボットのペイント周りを集中的に狙っていた。その様子を、まんざらでもなさそうに児玉が見やる。
後部座席から車に乗り込んだ御国が、鳥飼の横の席に座った。車は小回りを利かせて反転すると、前方を塞ごうとするマスコミを器用にすり抜けて走り去った。
「被疑者ではなく単なる参考人なのだから。そこまでする必要ないのに」
疲れ果てた様子の御国が声を絞り出す。
「すまない。今は疲れているから、説明は明日の朝にきちんとする。犯行に関わっているわけではないから、安心してほしい」
その点は言わずもがな。スタッフ全員が御国の無実を信じていた。
「でも今の行動って、妨害電波を撒き散らす愉快犯の仲間みたいね」
鳥飼の余計な一言に絶望した鮫島が、再びスーツに頭を包む。
「すまないついでに、このままレッドモバイルの九州支社まで行ってくれないか。呼び出しかかっているんだ」
今回の痛車乱入騒ぎで、キャリアには始末書を書かされるかもしれない。御国はその文面を真面目に考えていたが、あまりにも馬鹿馬鹿しくて保留することにした。
帰宅ラッシュで混雑する道路で信号待ちをしていると、児玉を除くスタッフ全員が羞恥心に襲われた。車の外装の事をすっかり忘れていたのだ。全身をコスプレして街中を闊歩している様なものだ。
目前の信号が青に変わると、痛車がピンク色の残像を残して颯爽と走り去った。




