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第十七話

 朝1番から始まった戸園店への来客者の波は、昼過ぎにピークを迎えていた。


 カウンター前の椅子はすべて埋まっている。スタッフの数が足りずに、1対2、もしくは1対3での応対を余儀なくされている。電話問い合わせもひっきりなしで、スタッフはてんてこ舞いだ。


「お客さま。もしご了承いただければ、2組同時にご説明をしたいのですが、構いませんか」

 啓子が目前の家族連れ2組、計5名を前に提案をする。普段ならとらない手法だが、現状では仕方がない。


「お客さまの個人情報はけして表に出しません。個別の対応が必要な段で、仕切りを立てますので」


「早く済むのなら別に構わないよ」

 父親二人に承諾を得た啓子が、さっそく説明に取り掛かる。重要事項の説明を終えた後は2組に分けるつもりだ。


 来客者用のソファーには、窮屈そうに4人の大人がひしめいている。その一人ひとりに、鳥飼が即席の整理券を配っていく。


「データ転送の時間などで、多少お渡しが前後するケースもありますので、了承下さい」

 鳥飼が店内の喧騒に負けないよう、声を張った。


 バックヤードでは御国が受付の処理を担当していた。表でスタッフが受け付けた新規、機種変更の処理とデータ転送をパソコンで行なう。新規契約の半数はファックスで登録し、契約センターからの連絡を待っている状況だ。


「こりゃあ回らん、大変なことになったね」

 バックヤードに端末を取りに来た的野を見て、御国が声をかける。的野が苦笑しつつ売場に戻ったとき、出入り口で鉢合わせになった鳥飼が驚きで目を丸くした。


「あっ、ごめん。それさっき予約の電話入ってる」

 鳥飼が手の平を合わせて的野に詫びを入れる。


「参ったな。この機種一台しかないんだよなぁ……」

 そう言いつつも、的野は端末を棚に戻して客の説得を始めた。その一部始終を聞いていた啓子が、接客を中断してバックヤードへ向かう。


「鳥飼さん、何で予約の電話が入ったらすぐにフセンを張らないの。そういう当たり前のことができないようだと、また手ひどいミスをするわよ」

 うなだれる鳥飼に対し、啓子は強い調子で非難する。


「すみません、気をつけます」

 鳥飼は端末に予約済みのフセンを貼ると、肩を落として売場に戻っていった。


「久野君、今のはちょっと棘が利きすぎだろう。特に鳥飼さんは休みを返上して来てくれているのだから」

 御国が啓子をやんわりと諭す。彼はスタッフを傷つけるような叱責を好まなかった。


「すみません。私、ちょっとテンパッテました」

 多忙からくる興奮を怒気に変えてしまったことに気が付き、啓子がうなだれる。


「久野さん、お客さまがお待ちです」

 啓子は声をかけてきた鳥飼に先ほどの態度を詫びると、なかば戦場と化した売場へ戻っていった。


***


 閉店後の店内、カウンターとバックヤードには申込み用紙の控えが散乱していた。売場の待合スペースも、読み散らかされた雑誌などで雑然としている。

  

 その中で、スタッフ全員ゼンマイが切れた人形のように動きが止まっている。嵐が去った後の静けさを堪能している様だ。


 人心地ついた鮫島が、かすれた声で皆に呼びかける。

「ともかく、込書の控えを集めて契約数を確認しましょう」


 鮫島の発言をきっかけに、皆がもぞもぞと動き始める。

 バックヤードの事務机に今日はじめて腰掛けた啓子は、収益計算を開始しようとしてやめた。時刻はすでに午後9時半を超えており、このままだと帰りが11時過ぎになってしまいそうだったからである。


「新規の件数だけ社長に報告しましょう。入力は明日に回します」

 接客スペースに顔を出して皆に伝えたとき、両手に買い物袋を抱えた御国が入店してきた。


「プリンターのインク、ギリギリで買えたよ。それ以外にも必要そうなものを買ってきた」

 閉店ぎりぎりまで店内作業を手伝っていた御国だが、インクが切れそうになり急遽買い出しに向かったのだ。「きちんと発注しとくべきだった」と反省の弁を述べつつ、インクの補充にかかる。


「久野さん。入力と締めは俺がしておくから、予約分の発注が終わったらきょうは上がっていいよ」

 いつもなら遠慮するところだが、今日は御国に甘えることにした。

「皆、レジ閉めが終わったら上がって下さい。今日は本当にお疲れさまです」

 啓子の労いの言葉に皆の頬がわずかに緩む。


「結局何件出たんだろう。新規」

 休み返上で出勤してきた鳥飼が疑問を差し挟む。


「大体30件ほどと思うけど、良く分からない。けど、今日の数字は九州内で1位だったらしいよ」

 啓子の言葉に、皆が「おお!」という歓声を上げる。


「コピー機に本確忘れがないかも確認しといて」

 指示を受けた的野がのろのろと動き出す。珍しく口数が少ないが、それも無理はない。彼は今日1日で10件以上の受付をしているのだ。


「皆、昼も食べていないから元気が出ないだろう。本当に今日は帰っていいよ」

 御国の言葉を受け、スタッフたちが帰り支度を始める。この調子だと明日以降も来客は多いはずだ。御国の言葉は、スタッフの体力を温存したいという気持ちの現れだろう。


 啓子が歯抜け状態になった在庫棚を仰ぎ見ていると、御国に声をかけられた。

「端末が足りない分は、大久保さんが手配してくれるらしい。彼、ちょっと興奮していたよ」


 啓子はうっすらと微笑んだ。予約数を加味して発注数を考えるが、なかなか決定できない。いつまで電波障害が続くか予測できないからだ。


 驚異的な売り上げ増は、新サービスの効果や時期的なものもあった。だが、根本的な原因はシルバーモバイルの電波障害だろう。高収益となる他社から乗り換えが多いので、代理店としてはホクホクである。


 裏腹に、フェアではない売り上げという認識が啓子の表情を曇らせる。電波障害が人為的な仕業だとする噂が流れている点も、罪悪感を募らせる要因となった。


「数字が出た事は素直に喜んでいい。何もやましいところはないのだから」

 様子を見かねた御国が啓子を励ます。


 スタッフたちが帰路につく。それを見送った啓子は、道路の対面にあるシルバーモバイルショップに目をやった。すでに電気は消えていたが、その看板が夜の闇に紛れて鈍く光っているように見えた。

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